第68基音:覚醒
(くそっ……ここで終わりなのか……? カノンの元へ戻ることもできずに……!)
意識が遠のきかける極限状態。視界が急速に黒く染まっていく。
俺は静かに目を閉じ、死の恐怖を振り払うように、限界まで耳を澄ませた。
外の音はなにも聞こえない。だが――静寂の底の底で、かすかな音が聞こえた。
トックン、トックン、と脈打つ心臓の鼓動。
全身を巡る血の巡り。魔力回路の不規則な摩擦音。
それは――『俺自身が奏でている音』だった。
(そうか……俺は今まで、道具や外部の対象にばかり音をぶつけて調律して……自分自身の音なんて、一度も調律したことがなかった)
俺の体は、生まれつきの過剰な魔力と特殊な素養のせいで、身体の奥底に激しいノイズ(波長の不協和音)を抱え込んでいたのだ。ギルドの魔導器が俺を『LV1』としか測定できなかったのも、能力が低いからではなく、このノイズが測定を狂わせていただけだったと、死の淵で初めて理解した。
俺は震える手を胸元にかざし、己の内なる音へ意識を集中させた。外部へ撃ち出すのではなく、自分自身の内側へ向けて音を響かせる――!
「……俺の音を……調律する……!」
パチンッ――!
胸の内で直接鳴り響いた、一筋の指パッチンの音。
脳内で旋律がカチリと噛み合う。
全身を埋め尽くしていた雑音が綺麗に消去され、今まで身体の奥で詰まっていた膨大な魔力が、澄み渡る濁流となって一気に全身の回路へと駆け巡った。
「な……んだ、この力は……っ!?」
全身の皮膚がピリピリと痺れ、視界が恐ろしいほど鮮明になる。
今まで音波をぶつけることで世界を「見る」ことしかできなかった視界に、空気の振動、空間の歪み、魔物の魔力脈動に至るまで、あらゆる「万物の波長」が直接感覚として克明に掴めていた。
俺の本当の調律能力――それは単に「音をぶつけて整える」ことにとどまらず、己の音波を完璧に同調させて対象の波長そのものを還元・解体する権能だったのだ。
(俺はただ音をぶつけていただけじゃない……これが、俺の調律の『真の領域』か)
LV1という枠組みなど、端から俺の体に張り付いた不協和音の誤解に過ぎなかった。本来の力を解き放ち、自身の全能力を完全に把握した俺に、もはや迷いはなかった。
目の前まで同時に迫っていた連頭蛇の鋭い牙と、ゴーレムの破城槌のような拳に対し、覚醒した己の波長を最高指圧の音波に乗せ、力強く指を鳴らす。
パチンッ!!!!
音を吸収する部屋の限界を超え、直接二体の魔物の中心へと完璧な波長調律の音をぶち込む。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
部屋の不音空間が耐え切れずに粉砕され、連頭蛇とゴーレムはぶつけられた音波の衝撃で同時に波長を解体され、影すら残さず一斉に爆散した。
「……ふぅ。これが……俺の本来の力か」
一瞬で二体の深層魔物をまとめて撃破し、静寂を取り戻した黒銀の広間。
本来の力を覚醒させた余韻に浸ろうとしたその時、上層から地鳴りのような猛烈な振動が響き渡った。
ズズズ……ドガァァァァンッ!!!!
頭上の岩盤を物理的に粉砕しながら直下してくる、暴風のような高エネルギー体。
(アルト様アルト様アルト様アルト様アルト様ぁぁぁーッ!! 私のアルト様を閉じ込めたダンジョンなど一粒の砂にしてあげますわぁぁぁーッ!!)
覚醒した知覚を通じて、頭の中に直接なだれ込んでくるカノンの爆音すぎる激重思考。
「……あいつ、マジでダンジョンごと破壊して降りてきてるな……」
俺は苦笑しながら、粉砕した空間の真ん中で腕を組み、愛しいパートナーが目の前に辿り着くのをその場で静かに待つことにした。




