第65基音:過剰なる旋律の収束点
なんとかカノンをなだめてチャームを購入し、腕の締め付けを解いてもらった頃には、俺の体力は一戦交えた後くらいに削り取られていた。
「はぁ……。カノン、言っておくが俺はどこにも行かないぞ」
「……本当でしょうか? 私が目を離した隙に、不協和音の影を追って一人でどこかへ行ってしまったりしませんか……?」
上目遣いでじっと見つめてくるカノン。顔はまだほんのり赤いものの、先ほどまでの爆走モードから一転して、今度は捨てられた仔犬のような瞳で俺の裾をチョコンと掴んでいる。この急激な感情の乱高下も大概ズルい。
「行くわけないだろ。アリアの真実を突き止めた時、『一緒に戦う』って決めたじゃないか」
「アルト様……っ」
俺の言葉に、カノンの胸元のコアが再び可憐な音を奏で始める。今度はガラスを割るような爆音ではなく、心地よく響く甘い旋律だ。
「ぷ、ぷしゅ〜……(命拾いした顔で胸を撫で下ろすパルス)」
「……では、誓いの証として。フォルテにいる間は、ずっと手を繋いでいてくださいますか?」
「手くらい、いくらでも繋ぐよ」
差し出された小さな手を握り締めると、カノンは心底嬉しそうに「ふふっ」と花が咲くような笑みをこぼした。
かつての孤独な境遇から解放され、自分でも制御しきれないほどの重すぎる感情と、それに対する素直なデレ感。彼女が手に入れた『心』は、どうやら想像以上に過剰で、そして愛おしいものらしい。
「よし、そろそろ宿に戻って夕飯にしよう。カノンの好きな温かいご飯を食べような」
「はい! アルト様のお隣なら、何を食べても世界一美味しいです!」
夕暮れに染まるフォルテの街並みを、二人の影と一つの小さなスライムが伸びやかに並んで歩いていく。
騒がしくも甘い日常のひととき。この賑やかな喧騒と彼女の笑顔こそが、これから始まる過酷な不協和音との戦いを乗り越えるための、俺たちの絶対的な原動力だった。




