第49基音:遺跡の中層
重い音を立てて開いた石扉の先は、遺跡の中層――かつて古代の知識が管理されていたとされる『大図書館』のエリアだった。
無数に立ち並ぶ巨大な本棚と、そこに収められた古代の金属羊皮紙。だが、その神秘的な空間は、何者かの手によって凄惨に荒らされていた。
「これは……酷いですわ……」
カノンが悲痛な声を漏らす。
本棚は破壊されてなぎ倒され、羊皮紙は床一面に散乱している。そして、そのあちこちに刺さっているのは、あの忌まわしい【紫の魔導結晶】の破片だった。
「誰かが強引に何かを探し回った痕跡だね。……奴らか」
俺が胸元のソニアの加護を強く握りしめたその時、大図書館の奥から、パツン……パツン……と、嘲笑うかのような手拍子の音が響いてきた。
「くっくっく……素晴らしい調律だ。あの守護機甲の不協和音を、爆発させることもなく綺麗に浄化してみせるとはね」
闇の中から影が揺らめき、一人の男が姿を現した。
上質な紫色のシルクハットに黒いタキシードを纏い、顔の半分を不気味な仮面で覆った男。その手には、不気味な黒い指揮棒が握られている。
「あなたは……ッ!?」
カノンの全身の回路が一瞬で緊張に跳ね上がり、胸元のコアが激しい警戒の紫電を散らした。
「初めましてかな、若き調律師の君。そして……懐かしいね、『S級自律型殺戮兵器・三号体』」
「……何だって……?」
男の言葉に、俺の息が止まる。
仮面の男は不敵な笑みを深め、指揮棒を優雅に一振りした。
「私は『不協和音の影』が幹部の一人――『調律破棄者』のフォルテシモ。この廃都アリアの奥に眠る『禁忌の過去データ』を回収しに来たのだが……まさか使い捨ての失敗作が、ノコノコと自ら舞い戻ってくるとは思わなかったよ」
「つ、使い捨て……? カノンを……そんな風に呼ぶなッ!」
憤怒に震える俺を制するように、フォルテシモは冷たい瞳でカノンを見つめ、残酷な言葉を吐き捨てた。
「ふむ、記憶を消されて自分が何者かも知らんようだな。……可哀想に。自分が『かつてこの都市の人間を一人残らず虐殺し、一夜にして滅ぼした悪魔』だとも知らずに、調律師の隣で愛玩人形を気取っているとは!」
「あ……が……ッ!?」
その言葉が引き金となり、カノンの胸のコアから激しいエラー音が鳴り響いた。
「嘘……だ……。私が……この街を……? 私が……みんなを……殺した……!?」
頭を押さえて膝から崩れ落ちるカノン。
彼女の瞳から澄んだ光が消え、底知れぬ漆黒の絶望と過去の断片が、彼女の脳裏を侵食し始めていた――。




