第45基音:蝕むノイズ
足を踏み入れた地下迷宮の第一層は、幾何学的な古代の金属壁とむき出しの魔導配管が連なる、不気味な巨大遺跡だった。
壁面の配管からは時折、紫色の怪しい蒸気が吹き出し、空間全体に狂気を孕んだ不協和音が満ちている。
「——ガギ……ギギッ……!!」
「これは……迷宮全体がまるで『不協和音の発信源』になっているみたいだね」
俺は広域調律の光を絶やさず展開しながら、一歩一歩慎重に奥へと進む。
「ええ。本来ならば古代の防衛システムを動かす純粋なマナが流れているはずの配管ですわ。それが……あの紫色の不協和音によって汚染され、異質な魔力へと書き換えられております」
カノンが胸元のコアを明滅させ、警戒の波長を尖らせる。彼女の脚はまだ微かに震えていたが、俺と繋いだ手からは確かな信頼の力が伝わってきていた。
「ぷしゅ……! ぷしゅーーッ!」
その時、先頭を歩いていたパルスが足を止め、威嚇するように身体を大きく膨らませた。
暗がりからぬっと姿を現したのは、この迷宮を徘徊する古代の防衛ゴーレム——いや、ただのゴーレムではなかった。
「ガァァァ……ッ!!」
金属の表面には無数の紫色の結晶が突き刺さり、本来は静寂を守るはずの機械人形が、歪んだ不協和音を撒き散らしながら暴走している。不協和音の毒素に全身を侵食され、まるで狂乱した魔物のように爪を立てて襲いかかってきた。
「防衛機甲の異形化……! アルト様、お気をつけください!」
「うん! パルス、波長の増幅を! カノンは無理をしないで俺のサポートに入ってくれ!」
「ぷしゅーーッ!!」
パルスの増幅を受けた俺の指先から、鋭い金色の光の線が放たれる。
——パチンッ!
『切断調律』
暴走ゴーレムの胸元に刺さっていた紫の魔導結晶を正確に撃ち抜くと、不協和音の供給を絶たれたゴーレムは崩れるようにその場に停止し、ただの沈黙した鉄くずへと戻った。
「ふぅ……なんとか一撃で済んだよ」
「見事なご判断ですわ、アルト様。コアである結晶だけを破壊し、無駄な魔力を使わずに無力化されるなんて……」
カノンが愛おしそうに俺を見つめ、ギュッと握る手を強めてくる。
「アルト様の調律の音色は、本当に美しく澄んでいらっしゃいます……。このような邪悪な闇の中にいても、あなた様の光の中にいれば、私の心はどこまでも平穏でいられますわ」
「カノン……ありがとう。でも、油断はできないよ。まだここは迷宮のほんの入口だ」
先ほど倒したゴーレムはほんの序の口に過ぎない。
地下深くへ進むにつれ、ノイズの密度も、襲いかかる異形たちの強さも増していくはずだ。
そして何より、この迷宮の底には敵組織『不協和音の影』の刺客と、カノンの秘められた『過去』が待っている。
俺たちは握りしめた手の温もりを確かめ合いながら、さらに深く、暗い迷宮の深層へと足を踏み入れていった。




