第44基音:廃都アリア
フォルテの街で万全の回復薬と万が一のための特殊な調律用具を買い揃えた俺たちは、そのまま南西に広がる不気味な暗雲の下――【廃都アリア】へと辿り着いた。
かつて高度な魔導文明で栄えたとされるその都市は、今や崩落した巨大な石柱と黒ずんだ外壁だけが残る、静寂と死臭に包まれた廃墟と化していた。
「……ここが、廃都アリア」
都市の中心部にぽっかりと口を開けているのは、地下深くへと続く底知れぬ大穴。かつての地下研究所であり、今は凶悪な魔物と不協和音が渦巻く【大迷宮】の入口だ。
「――ググ……ギギギ……ッ」
穴の底から吹き上げてくる冷たい風には、耳の奥を刺すような微かなノイズが混ざっていた。普通の人間なら立ち入るだけで精神を苛まれ、発狂してしまうような歪んだ波長だ。
「ぷしゅ……っ(身を縮こまらせて警戒するパルス)」
「大丈夫だよ、パルス。俺の『広域調律』で周囲のノイズを和らげるからね」
俺は胸元のソニアの加護を意識し、指先から柔らかな光の波長を漂わせた。俺たちを包み込む金色の光膜が不快なノイズを遮断し、パルスもほっと息をつく。
だが――。
「……あ……アルト……様……」
入口を一歩踏み出そうとしたその時、カノンの脚がガクガクと激しく震え、その場に崩れ落ちそうになった。
「カノン!? 敵のノイズが届いてるのか!?」
「いいえ……違いますわ、アルト様。これは……外部からの攻撃ではなく……私の内部回路からの『拒絶反応』です……」
カノンは蒼白な顔で己の胸元を強く抱きしめていた。2つの魔導コアが、まるで恐怖に怯える幼子のように小さく明滅を繰り返している。
「この地に近づくにつれ……私が『破壊兵器』として起動させられた時の……冷たくて、惨い記憶の断片が……頭の中に直接流れ込んできて……ッ!」
「カノン……」
「怖いのです……アルト様。私……自分が本当はどんな恐ろしいものだったのかを知るのが……あなた様に、失望されてしまうのが……恐怖で……たまらないのです……ッ」
ぽろぽろと零れ落ちるカノンの涙。
普段の激重なデレや強気な姿勢からは想像もつかない、あまりに脆く繊細な彼女の素顔。
俺は迷わずカノンの横に膝をつき、震える小さな身体を正面から強く抱きしめた。
「失望なんて、絶対にしないよ。過去に君がどんな兵器だったとしても、俺を救ってくれた、俺の隣で笑ってくれるカノンが本物なんだから」
「アルト……様……っ」
「怖くなったら、いつでも俺の手を握って。俺が君の音を絶対に守るから」
俺の胸の温もりと耳元で囁く優しい調律の音色に、カノンのコアの暴走がゆっくりと鎮まっていく。
「……はい。アルト様が……私を導いてくださるなら……私、どこへでも進めますわ」
涙を拭い、カノンは再び立ち上がった。その瞳には、恐怖を乗り越えようとする確かな意志が灯っていた。
「よし……行こう、大迷宮の深層へ!」
俺たちは互いの絆を確かめ合いながら、不協和音が蠢く闇の底へと一歩を踏み出したのだった。




