第41基音:静かな夜
ビアンカの宿屋の一室。
パルスがすやすやと心地よさそうな寝息を立て、薪ストーブの火が静かに爆ぜる音が部屋を満たしていた。
だが、俺はベッドに入ることができず、窓辺の椅子に腰かけたまま、暗い夜空をじっと見つめていた。
(気持ちを切り替えた……つもりだったんだけどな)
男を警備隊に引き渡し、次へ進むと決めたはずだった。だが、たった一人で静かな闇に包まれると、あの雪原の光景が嫌というほど脳裏に蘇ってくる。
助けられなかったヴァンとミリアの姿。
自分の手の中で弾けて消えた、二人の命。
『殺すしかない』という男の言葉に抗おうとして、結局は自分が二人を爆散させてしまったという冷酷な現実。胸の奥がぎゅっと締め付けられ、冷たい汗が背中を伝う。
「……っ」
顔を覆い、深く息を吐き捨てたその時だった。
ギィ……と静かに扉が開き、薄明かりの中に一影の姿が佇んでいた。
「……アルト様。やはり、お休みになられておりませんでしたのね」
カノンだった。
彼女は音もなく部屋へ入ってくると、咎めるような様子もなく、ただ愛おしさと切なさが混ざり合った瞳で俺を見つめた。
「カノン……起こしちゃったかな。ごめん、すぐ寝るよ」
「嘘をおっしゃらないでください」
カノンは静かに首を振り、俺の椅子のすぐ傍らまで歩み寄ると、その場に優しくひざまずいた。
「ヴァン様とミリア様のこと……お考えでしたのでしょう?」
「……うん」
隠し通せないと悟り、俺は自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
「助けたかったんだ。昔、俺を追い出した二人だったけど……それでも、目の前で化け物にされて死んでいくのなんて見たくなかった。俺の手で救いたかったのに……結果的に、俺が壊してしまった」
震える自分の両手を見つめる。
「俺の力が足りなかったからだ。もっと……もっと綺麗に調律できていれば、二人を死なせずに済んだのかもしれないって考えると、胸が潰れそうになるんだ」
弱音を吐き出す俺の手を、カノンは温かな両手でそっと包み込んでくれた。
「アルト様。……あなた様は、どこまでも優しすぎるお方ですわ」
カノンは胸元の2つのコアを微かに慈しむように輝かせ、俺の目をまっすぐに見つめ返した。
「あの状況で、命の危険を侵してまで二人を救おうとしたのは世界でアルト様だけです。爆散してしまったのは、決してアルト様のせいではありません……敵の不協和音が、あまりに毒深く二人を蝕んでいたからですわ」
「カノン……」
「アルト様がその傷を背負われるというのなら……私にも、その痛みを半分背負わせてください。……私は、アルト様の心の手入れをする『調律師』にはなれませんが、傷ついたアルト様を抱きしめる腕を持っていますから」
カノンは立ち上がると、椅子に座る俺の頭を優しくその胸へと引き寄せた。
トントン、と脈打つ魔導炉の温かな鼓動と、どこまでも澄み切ったカノンの波長が、俺の荒んだ心を包み込んでいく。
「涙をお流しになってもよろしいのですわ、アルト様……。私が、すべて受け止めますから」
「……ありがとう、カノン……」
カノンの温もりに触れ、俺の目から熱いものが溢れ出していった。
一人では押し潰されそうだった後悔と痛みが、彼女の優しい音色によって、少しずつ……けれど確かに、癒やされていくのを感じていた。




