第4基音:眩しい太陽
シュンッ――!
「うおっ、っと……!」
ダンジョンの入口付近、木漏れ日が差し込む地上へと一気に跳ね上がった俺たちは、草原の柔らかい草を踏みしめて着地した。
見上げれば広がる青空。湿っぽくて暗い地下に閉じ込められていたのが嘘のようだ。
「……空……。これが、何百年ぶりの太陽の光……」
隣でカノンが呆然と空を見上げている。
だが、その光の下で改めて彼女の姿を見て、俺は思わず眼のやり場に困ってしまった。
封印の結晶が砕けたことで、カノンが身に纏っていたのは古びた布切れが一枚きり。しかもダンジョンからの脱出劇で各所が破れ、白い肌や身体のラインが眩しいくらい露わになっている。
「あ、あのさ……カノン」
俺は慌てて自分の羽織っていた長上着を脱ぎ、彼女の華奢な肩へと掛けた。
「きゃっ……? あ、アルト様……?」
「さすがにその格好で街に入るのはマズいからさ。とりあえず俺の上着を着てて。……よし、まずは街の服屋に行って、カノンの服を探すのが先決だな」
「私……私のために服を……? あぁ、温かいです、アルト様の匂いがします……っ!」
羽織らせた上着の襟ぐりに顔を埋め、ハァと深く息を吐きながらうっとりと頬を染めるカノン。
……うん、助けた直後から思っていたけれど、やっぱりこの子、好意のベクトルが重い気がする。
「よし、行こうか」
俺たちは歩き出し、冒険者たちが集う拠点都市『アコード』の門をくぐった。
カノンは愛おしそうに俺の上着の袖をギュッと握りしめ、ぴったりと隣を並んで歩いている。
◇
やってきたのは、表通りの喧騒から外れた裏路地にある、今にも潰れそうな古着屋。
非戦闘員の雑用係だった俺の財布には、高級店に入るような金はない。ここなら安くてマシな服が見つかるはずだ。
「いらっしゃい……と言いたいところだけど、店じまい直前だよ、お兄さん」
店内に入ると、カウンターの奥から白髪混じりの女性店主が顔を上げた。煙草の煙をくゆらせながら俺たちを見つめる。
「すみません、この子に着せる安くて丈夫な服を探してるんです」
「安くて丈夫ねぇ……。棚の奥に置いてあるワゴンの中から勝手に探しな。どれでも銀貨数枚でいいよ」
店主の許可を得て、俺は店の隅に積まれたボロ着の山に近づいた。
ホコリを被り、糸はほつれ、すっかり色が褪せている古着ばかりだ。
だが、その山の一番奥から――強烈な不協和音が耳に届いた。
「……ん? なんだこの服」
手にとったのは、カビ臭く黒ずんだ一着の古いドレスだった。
生地はゴワゴワで、糸の繊維が今にもちぎれそうなほど歪んでいる。
「ああ、それかい? 何十年も売れ残ってるゴミだよ。昔、どこかの貴族から買い取ったらしいけど、魔力が完全に抜けてただの雑巾同然さ。引き取ってくれるならタダでいいよ」
店主は呆れたように肩をすくめる。
だが、俺の耳にははっきりと聞こえていた。この服の中心にある、息も絶え絶えな本来の『音(波長)』が。
(……表面の魔導糸が長年の放置で歪みきってるだけだ。芯の部分の波長は、びっくりするくらい上質なのに)
「店主さん、ちょっとこれ、お手入れ(チューニング)してみてもいいですか?」
「は? お手入れだぁ?」
俺はドレスにそっと手をかざし、乱れた糸の固有振動数に意識を合わせた。
「よし……正調に戻すぞ」
パチン――!
俺が軽やかに指を鳴らした、次の瞬間。
フワァァァァン……ッ!!
「なっ……!?」
ボロドレスが強烈な眩い光を放ち、店内のホコリを一気に吹き飛ばした!
引きつれて黒ずんでいた魔導糸が、まるで生き物のように一瞬で完璧な配列へと組み替わっていく。
カビ臭さは一瞬で消え去り、生地は夜空を切り取ったようなしなやかな漆黒と純白へと変貌。衣服全体から、国宝級の防具すら凌駕する凄まじい魔力の輝きが溢れ出した。
「ば……バカな……ッ!?」
女性店主が口にくわえていた煙草をポロリと落とし、目玉が飛び出さんばかりに驚愕してドレスに駆け寄った。
「糸の魔力結合が復元されたどころか、伝説の『神紡ぎ』の領域に達している……!? こ、これ、古代の失われた技術で作られた【星紡ぎのドレス】じゃないかい!? なんでボロ着が国宝級の逸品に……!?」
「ん? いや、長年のメンテナンス不足で波長が狂ってただけですよ。糸を正調に戻したら、元通りの綺麗さになったみたいです」
「元通りってレベルじゃないだろ!! 一体どんな魔法を使ったんだい!?」
腰を抜かしてガタガタと震える店主をよそに、俺は綺麗になったドレスをカノンに手渡した。
「ほら、カノン。奥で着替えておいでよ」
「はい、アルト様……っ!」
しばらくして、試着室の幕が開いた。
「アルト様……いかがでしょうか?」
そこに立っていたのは、漆黒のドレスに身を包んだ、息をのむほど美しいカノンの姿だった。
完璧に調律されたドレスが彼女の神聖な美しさを最大限に引き立て、まるで舞い降りました女神のようだ。腰を抜かした店主も「あ、あわわ……」と言葉を失っている。
「……すごく似合ってるよ、カノン。本物の姫様みたいだ」
「――ッ! あぁ、アルト様に褒めていただけるなんて……私、今なら世界を崩壊させられます……!」
「物騒な表現で喜ぶのやめて!?」
こうして最高の服を手に入れた俺たちは、追放された元パーティー『銀翼』の惨状も知らぬまま、次なる一歩を踏み出すのだった。




