第3基音:調律師を失ったSランクパーティー
「おい……っ、なんだよこの剣は! ぜんぜん斬れねえぞ!」
ダンジョン中層。リーダーのヴァンが苛立ちを込めて声を荒げた。
目の前で倒れる中級魔物に放った一撃は、肉を断ち切るどころか鈍い音を立てて弾かれたのだ。
「私の魔導杖もおかしいわ……。唱えた火炎魔法の威力が半分も出てない!」
魔導師のミリアも顔を青くして手元の杖を見つめている。
Sランクパーティー『銀翼』の装備は、どれも国宝級の銘品ばかりだ。ついさっきまでは軽い振りの一撃で魔物を一刀両断し、膨大な魔力を一気に解放できていたはずだった。
「クソッ、さっきの戦闘で刃こぼれでもしたか!? ミリア、アルトの奴に予備の装備を……」
言いかけて、ヴァンはピタリと言葉を詰まらせた。
(……そうだ。あのゴミならさっき、深層に置いてきたんだった)
「ハッ、思い出したぜ。あの役立たず、普段から俺たちの装備をカンカン叩いて『調律』とか意味不明なアピールをしてたっけな。あいつがいなくなった途端に道具の調子が狂うなんて、せいぜい嫌がらせの呪いでも残していきやがったか!」
「そうよ、絶対そう! アルトが去り際に何か細工をしたに決まってるわ!」
自分たちの装備が維持されていたのは、アルトが毎日欠かさず波長を微調整(正調)していたからだということ――
どんな名剣も名杖も、極限の魔力を通し続ければ波長が狂い、強靭さを失ってただのナマクラと化すという事実に、彼らは最後まで気づいていなかった。
「チッ、いいぜ。街に戻ったら腕利きの鍛冶屋にメンテさせりゃ一発だ。……行くぞ!」
怒りに任せてヴァンが踏み出した、その時。
パリィィィン……ッ!
ヴァンの持つSランクの宝剣が、持ち手の根元から唐突に砕け散った。
波長の歪みが限界に達し、金属の結合そのものが自壊したのだ。
「な……ッ!? 俺の宝剣が……壊れた……!?」
絶叫するヴァンの頭上から、気配を察知した複数の魔物が音もなく舞い降りてくる。
頼みの綱である装備が次々と悲鳴を上げる中、彼らは急速に追い詰められていくのだった。
◇
一方その頃――ダンジョン最深部。
「……そういえば、アルト様」
ダンジョン最深部からの出口を探して歩いていると、ぴったりと肩を寄せていた少女が、不思議そうに紫の瞳を向けてきた。
「アルト様ほどの至高の力をお持ちの方が、なぜこのようなダンジョンの奥深くにお一人でいらっしゃったのですか? まるで……上から落ちてこられたようでしたが」
「あー……うん。実は俺、さっきパーティーをクビになってさ」
俺は苦笑いしながら頭を掻いた。
「『調律』しかできない雑用は戦闘の役に立たないって言われて、上で置き去りにされたんだよ。それで魔物に追われて逃げてたら、足元の床が抜けてここまで転がり落ちてきたってワケ」
「……なんですと?」
少女の雰囲気が一瞬で凍りついた。
穏やかだった紫の瞳から光が消え、底知れない冷たさと殺気が漏れ出す。
「アルト様の奇跡のような『調律』を……雑用と宣い、あろうことかこの深層に置き去りにした……? そのような、愚かで万死に値する輩が存在するのですか……?」
「うわっ、落ち着いて! 顔が怖いって!」
「アルト様、今すぐ地上に戻り、その愚者どもを跡形もなく消し去りましょう。私の魔力で、細胞一つ残さず灰に――」
「灰にしなくていいから! 別に怒ってないし、あいつらも俺が道具のチューニングをしなくなって困ってるだろうから、それで十分だよ」
俺が呆れたように言うと、少女はハッと息を呑み、胸の前で手を組んだ。
「あぁ……ご自分を追放した愚者すら赦す、どこまでも慈悲深いお心……っ! どこまでもお供いたします、アルト様……!」
(いや、赦すとかじゃなくて関わりたくないだけなんだけどな……)
激重すぎる好意にタジタジになりながら、俺は自爆した巨狼の跡地にできた大穴を見上げた。
「さて、それじゃあ波長を合わせて、地上まで軽く跳び上がるとするか」
俺は彼女の腰を軽く抱き寄せると、足元の空間の波長を捉え、右手の指を軽やかに鳴らした。
パチン――!
空間そのものが澄んだ音を立てて共振し、俺たちの体を包み込む。
その瞬間、俺たちは重力を置き去りにして、眩しい光が差し込む地上へと一気に跳ね上がっていった。
自分の魔法が「世界を書き換える神能力」であることに、俺が気づくのは――まだまだ先の話である。




