第2基音:狂気の雑音(ノイズ)と黒髪の少女
「あつ、い……助け、て……」
結晶の中で身をよじる少女の口から、蚊の泣くような声が漏れる。
だが俺――アルトの耳に届いていたのは、そんな声よりもはるかに強烈な『不協和音』だった。
キーンと鼓膜を刺すような高い金属音と、地鳴りのような重低音が狂ったように混ざり合っている。
彼女を覆う暴走した魔力波長は、今にもパンクしそうな欠陥道具そのものだ。
「……こんな酷い状態で放置されてたら、そりゃ熱いし痛いよな。大丈夫、今すぐ綺麗な音にしてやるから」
俺は非戦闘員だし、大層な魔法なんて使えない。
だけど、この耳障りな音を正しく整える(チューニングする)ことくらいならお手の物だ。
俺は結晶にそっと手をかざし、乱れ切った魔力の固有振動数へ意識を同調させていく。
(うわぁ、波長がめちゃくちゃに歪んでる……。でも中心の波形はすごく澄んでて綺麗だな。よし、基準音に合わせて――)
俺は右手を掲げ、集中して指を合わせる。
パチン――!
静寂を切り裂く、澄んだ指鳴らしの音。
暴走する魔力の周波数に、俺の『調律』が完璧に重なった。
パリィィィィンッ……!!
部屋を支配していた酷い雑音が嘘のように掻き消え、少女を閉じ込めていた巨大な結晶が、まるで弾けたガラス細工のように一瞬で粉々に砕け散った。
「きゃっ……!?」
宙に投げ出された少女の身体を、俺は慌てて両腕で受け止める。
抱きかかえた彼女の身体は驚くほど軽くて、そして――先ほどまでの狂暴な魔力が嘘のように、静かで美しく完璧な『音』を奏でていた。
「ん……っ」
ゆっくりと少女の長いまつ毛が揺れ、夜空を溶かし込んだような深い紫色の瞳が開く。
間近にある俺の顔を捉えた瞬間、彼女は信じられないものを見るように目を丸くした。
「……あ……熱く、ない……? 身体を焼くような痛みが、消えて……?」
「よかった、チューニングが上手くいったみたいだな。気分はどうだ?」
「あなたが……私の暴走を止め、この数百年続いた呪いを解いてくださったのですか……?」
「え? いや、呪いとかじゃなくて、単に魔力の波長がガタガタのメンテナンス不足状態だったから整えただけだけど……」
俺が当たり前のこととして答えると、少女の瞳からポロポロと大きな涙が溢れ出した。
「あぁ……っ! なんというお方……! 私の主様……!」
突然、少女は俺の首にぎゅっと抱きつき、胸に顔を埋めてきた。
「私の名は……まだありません。かつて世界を滅ぼしかけた魔導兵器として封印され、名すら奪われました。ですが、あなた様が私を激痛から救い出してくださった。この命も、この魔力も、すべてあなた様に捧げます……ッ!」
「うわっ、ちょっと待て! 重い重い! 抱きつく力も強いって!」
「主様が望むなら、世界でもダンジョンでも全て灰にしてみせます……! どうか、私に名前を賜り、お傍に置いてください……!」
「いや灰にしないで!? 俺はただの裏方だからね!?」
瞳をハートマークのように輝かせて激重な忠誠を誓ってくる美少女。
困惑しつつも、俺はふと彼女の胸の奥から響く、美しく重なり合う波長の音を聞き取った。
「……旋律が重なって、追いかけるように綺麗な音になってる。……『カノン』。お前の名前はカノンだ。どうだ?」
「カノン……! 私の、新しい名前……! あぁ、主様、愛しております……!」
「名前あげただけで愛まで重くなるのやめて!?」
こうして俺は、自分のやったことのヤバさに気づかないまま、ダンジョン最深部で「最強にして激重な相棒・カノン」を獲得したのだった。




