第37基音:壊れた調律、哀しき爆発
「殺すしかないなんて……そんなこと、あるわけないだろッ!」
俺は悲鳴を上げる感情を振り切り、胸元のソニアの加護を強く握りしめた。
襲いかかってくる巨大な異形――かつて自分を追放し、今は自我すら失ったヴァンの鋭い爪が眼前に迫る。俺は死の恐怖を押し殺し、二人の体に直接手を触れさせた。
「戻れ……! 正気に戻ってくれ、ヴァン! ミリア……ッ!!」
必死の叫びとともに、俺は持てるすべての魔力を注ぎ込み、二人の体内に宿る禍々しい不協和音へ向けて強烈な『調律』の波動を放った。
――だが。
『グラン・ガルム』の時と同じだった。
体内に直接取り込まれた結晶のノイズはあまりに深く、俺が流し込んだ澄んだ波長と真っ向から衝突。二人の体内で凄まじい波長の不協和を引き起こした。
「ガ……ア……ッ!? ア、アル……ト……っ!?」
「嫌……あぁぁぁぁぁっ!!」
一瞬だけ、二人の瞳に正気が戻る。
だが、次の瞬間――。
――ドガンッッッ!!!!!
閃光と爆風が山頂を吹き荒れた。
あまりに激しい波長の反発に耐えきれず、二人の体は内側から弾け飛び、跡形もなく爆散した。
冷たい吹雪の中に散っていく紫色の霧と、静寂。
「……あ……?」
自分の手を見つめる。
救おうとした。助けたかった。それなのに、自分の手が……二人の命を直接奪ってしまった。
――パツン、と。
俺の中で、何かが音を立てて断ち切れた。
「ヒッ……!? ば、化け物め……っ!」
焦ったのはフードの男だった。手駒を一瞬で粉砕された恐怖から、男は懐から予備の紫結晶を取り出し、周囲の吹雪の中へ投げつけ叫んだ。
「襲え! 奴を殺せ! 喰い殺せぇぇっ!!」
ノイズに狂わされた無数の『氷狼』の群れが、紅い目を光らせて俺を取り囲み、一斉に飛びかかってくる。
「…………」
俺は、無言だった。
感情の失せた虚ろな目で、迫りくる氷狼たちを見つめる。
静かに右手をかざす。
そこに宿る光は、かつての温かく澄んだ金色の光ではない。冷酷で、一切の情を排した、歪んだ調律の波動。
――パチン。
「「「ガッ――――!?」」」
襲いかかった氷狼たちが、空中で次々と破裂していく。
一匹も漏らさず、ただの害意を潰すように、音も無く爆散し、雪原を赤い霧へと変えていく。
怒りも、悲しみも、迷いもない。
ただ機械のように、圧倒的な力で周囲の生命を消し去っていくその姿は――かつての優しかった「調律師アルト」では、断じてなかった。
「あ……アル……ト様……?」
動けない状態で、その光景をただ見つめることしかできないカノン。
彼女の紫色の瞳から、溢れる涙が頬を伝い落ちる。
(私を救うために……私を守るために、アルト様の美しいお心が……壊れてしまわれる……ッ!)
敵の不協和音によって奪われた身体の自由。
愛する人が目の前で闇へと堕ちていく恐怖と絶望に、カノンの胸元のコアが、かつてない悲痛な鳴動を上げ始めていた――。




