第35基音:不気味な急襲
「きゃあ……ッ!?」
喜びも束の間、山頂を突如として激しい衝撃波が揺らした。
美しいエメラルドグリーンを取り戻したばかりのマナの泉が、どす黒い紫の泡を吹き上げて暴れ出す。同時に、耳の奥を激しく掻きむしるような、これまでにない禍々しい不協和音が霊峰全体を包み込んだ。
「――ガキ……ギギギッ……!!」
「くっ……なに、この凄まじいノイズは……! 息が、うまく吸えない……!」
俺は胸を刺すような激痛に蹲りかけ、すかさずソニアの加護を強く握りしめて波長を押し戻す。
「アルト様! 私の後ろへ!」
2つ目のコアを充填し、新機能を解放したばかりのカノンが、瞬時に全身から紫電を迸らせて俺とパルスを庇うように立ちはだかった。彼女の放つ強力な魔導力と『広範囲電撃障壁』が、紫の衝撃波をギリギリのところで弾き返す。
「ぷしゅーーッ!!」
パルスも警戒の色を強め、体を大きく膨らませてノイズの衝撃を吸収しようと身構えた。
吹雪と紫の霧が渦巻く極寒の山頂。その暗がりから、二つの歪んだ人影と、それを率いるフード姿の男がゆっくりと歩み出てくる。
「ハハッ……! 見つけたぞアルトぉぉッ!!」
狂気を含んだ甲高い叫び声。
吹雪を割って姿を現したのは、ボロボロの鎧を纏い、目を血走らせた剣士――かつて俺を『無能』と罵って追放した『銀翼』のリーダー、ヴァンだった。
その隣には、杖を握りしめて憎悪に満ちた視線を向ける魔導士ミリアの姿もある。
「ヴァン……!? ミリア……!? どうして君たちがこんなところに……」
「黙れぇぇッ! お前が……お前が俺たちを追放させたせいで、俺たちの『銀翼』はどん底まで落ちぶれたんだ! 許さねえ……絶対に許さねえぞ……!!」
ヴァンが掲げた手には、紫色の不気味な不協和音を放つ魔導結晶が握られていた。彼の腕からは黒い血管のような模様が浮かび上がり、魔力が異常な形で暴走している。
「ヴァン、正気じゃないよ! その結晶のノイズに精神を呑み込まれてるんだ!」
「うるさいわねアルト!!」
ミリアがヒステリックに叫ぶ。
「アンタさえ……アンタさえいなければ、私たちはSランクとしてチヤホヤされ続けていたのよ! 戻りなさいよ、私たちの雑用係に!!」
言葉が通じる状態ではない。二人は完璧にノイズに魅入られ、傀儡と化していた。
「ククク……素晴らしい執着心だ。実に美しい『不協和音』を奏でている……」
二人の背後から、黒いフードを深々と被った男が静かに前進してくる。
男が手をかざすと、ヴァンとミリアの持つ結晶が脈動し、二人から溢れ出た邪悪な魔力が、まっすぐにカノンへと向かって伸ばされた。
「……ッ!? が……あぁぁっ……!?」
「カノン!?」
カノンの身体が急激に硬直し、紫の電撃に混じって、禍々しい黒いノイズが彼女の胸元――組み込まれた2つの魔導コアへと侵入を開始した。
「アル……ト……様……っ! 体が……制御が……ききま、せ……ッ!」
「くくく、無駄だ。2つ目のコアが覚醒し、力を取り戻しつつある今こそが好機……! 完全復活を待たずとも、我らの不協和音で暴走させ奪い取るには十分すぎる!」
フードの男が、掠れた声で凶悪に笑う。
「さあ、目覚めよ破滅の兵器。その強大な力を我らに捧げ、世界を再び不協和音の混沌へと沈めるのだ――!!」
「カノン―――ッ!!」
2つ目のコアを得て一歩前進した矢先の危機。
カノンの再暴走と奪還を狙う敵を前に、俺たちの真価が試されようとしていた。




