第26基音:浅ましい未練
「あ……あぁ……っ」
ボロボロの泥と砂に塗れながら、ヴァンとミリアはガタガタと膝を震わせて地上に這いつくばっていた。
つい数十秒前まで、自分たちの命を脅かしていた巨大なノイズ・ゴーレム。それが、アルトの鳴らしたたった一度の指の音――そして腕に張り付いたノイズスライム・パルスによる波長の増幅によって、一瞬でただの綺麗な砂へと姿を変えてしまったのだから。
「あ……アルト……」
ヴァンが喉を鳴らし、見開いた目でアルトを見つめる。
かつて自分たちが「調律しかできない雑用係」「戦闘の役に立たない無能」と見下し、ゴミのように追い出した男。
だが、追放されてから自分たちの武器は狂い、魔法は暴走し、かつての輝きは見る影もなく衰退した。その原因が今、目の前で証明されてしまったのだ。自分たちの強さは、すべてアルトの『調律』によって支えられていたのだと。
ヴァンの目に、浅ましい希望の光が灯る。
「あ、アルト! お前……そんな凄い力があったのかよ! だったら話は別だ!」
ヴァンは慌てて泥を払い、かつてのリーダーぶったニヤニヤ笑いを浮かべながら立ち上がろうとしてきた。
「お前の力を再評価してやる! 特別にな……【銀翼】に戻ってきていいぞ! いや、戻れ! 俺たちの武器と防具をまたお前がメンテナンスしてくれれば、俺たちはまたSランクとしてやり直せる! 昔みたいに荷物持ち兼専属技師として置いてやるからよ!」
「そうよアルト!」
ミリアもすがるように身を乗り出した。
「あんたが戻ってくれれば、私の杖の不協和音も直るでしょ!? 追放して悪かったわね、でもこれからはまた仲間として一緒に戦ってあげるから――」
ふたりの浅ましすぎる言葉が地下広場に響いた、その瞬間。
――ドゴォオオオオンッ!!!!!
地下広場の天井と床に亀裂が走り、大気が叫びを上げた。
「……死ね」
静かな、だが世界を滅ぼす魔導兵器そのものの絶対殺気。
「アルト様の優しさに漬け込み……散々踏みにじっておきながら……今さら都合よく連れ戻そうなどと……ッ!! 分子レベルで灰すら残さず消去してあげますわあああああッ!!!!」
カノンの紫の瞳が禍々しく赤黒く光り輝き、胸元の古代魔導コアが限界突破の出力を吐き出す。背後には巨大な魔導の光翼が展開し、広場全体の岩盤がカノンの溢れ出る殺気だけで崩落し始めた。
「ひぃあああああ!? た、助けてぇえええ!!」
「化け物! バケモノよぉおおおっ!!」
ヴァンとミリアはあまりの威圧感に泡を吹いて倒れそうになり、死の恐怖に悲鳴を上げた。カノンの仕込み刃が閃き、ふたりの存在ごと洞窟を一開帳に吹き飛ばそうとした――まさにその時。
「カノン、ダメだよ!」
アルトが慌てて割って入り、カノンの伸びた腕と手首を優しく包み込んだ。
「アルト……様……!? 邪魔をしないでください! この害虫どもは、アルト様の尊いお心を再び汚そうと――」
「カノンの怒る気持ちはすごくわかるよ。でも、ここで暴走したら洞窟が崩れちゃうし、カノンの綺麗な手やコアをこんなことで痛めてほしくないんだ」
アルトはカノンの手首に手を添えたまま、優しく指を鳴らした。
――パチンッ。
『調律』
瞬間、カノンの全身を巡っていた過剰な怒りと魔力の暴走波長が、まるで温かい春の小川のように穏やかに整えられていく。
「あ……あぁ……っ」
暴走しかけていた魔導の翼が静かに光の粒子となって消え去り、カノンの肩からすっと力が抜けた。アルトの完璧で心地よい波長が全身に行き渡り、カノンの殺気は一瞬で毒気を抜かれたように消滅した。
アルトはほっと息を吐くと、地面に這いつくばるヴァンとミリアへ静かに向き直った。
「ヴァン、ミリア。俺はもう【銀翼】には戻らないよ」
「な……なんでだアルト!? Sランクパーティーの仲間になれるんだぞ!?」
「俺にはもう、大切な仲間がいるからね」
アルトは隣に立つカノンと、肩の上でぷにぷにと跳ねるパルスに視線を向け、穏やかに微笑んだ。
「カノンもパルスも、俺の調律を必要としてくれて、一緒にいてくれる大切な仲間なんだ。だから、君たちのところへ戻るつもりはないよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!!」
その瞬間、後ろで「ボッ!」と爆発音が聞こえそうなほど顔を加熱させた人物がいた。
「た……『たいせつな』……『な・か・ま』……っ!???(重度誤解)」
カノンの紫の瞳がぐるぐると渦を巻き、胸元のコアが先ほどとは全く違うベクトルで「カチカチカチ!」と異常な高速オーバーヒート音を立て始めた。
「アルト様が……私のことを……ただの兵器ではなく『大切な存在』として……っ!? つまりこれは実質的なプロポーズ……結婚の誓い……! ああ、愛が重すぎて心が……回路が溶けてしまいますわぁああああっ!!(歓喜暴走)」
「カノン!? 今度は何で暴走しかけてるの!?」
「プルプル〜〜〜♪(大喜び)」
カノンの愛のキャパシティが限界突破し、顔を真っ赤にしてうっとりと卒倒しかけるのを、アルトが慌てて支える。
その二人のやり取りと圧倒的な絆の差を見せつけられ、ヴァンとミリアは自分たちが二度とアルトの隣に立てないことを悟り、情けない悲鳴を上げながら半泣きで洞窟の外へと逃げ出していくのだった。




