第24基音:響鳴の鉱山
カデンツァの北部に位置する『響鳴の鉱山』。
かつて古代文明の採掘場として栄えたとされるその坑道の前には、不気味なほどの風切り音と、耳を刺すような「キィィィン……」という不快な金属音が渦巻いていた。
「うわぁ……入る前からすごい音がしてるね」
「お気をつけください、アルト様。この鉱山全体を覆う魔力の波長が酷く狂っております。生半可な冒険者が足を踏み入れれば、音波の振動だけで感覚を狂わされ、発狂に至るかと」
「プルプル……」
パルスも居心地が悪そうに、俺のポケットの奥へと潜り込む。
「そっか。じゃあ、まずは入口の音から整えてあげないとね」
俺は息を吸い込み、坑道の入口に向かってそっと指を鳴らした。
――パチンッ。
『調律』
瞬間、空気を切り裂いていた不快な金属性のノイズが一瞬で消え去り、心地よい風の音と澄み切った魔力の余韻だけが坑道内に広がった。
「ふう、これで歩きやすくなったね」
「……相変わらず、世界そのものを書き換えるような圧倒的な手腕でございますわ、アルト様」
静けさを取り戻した鉱山の中を、俺たちは奥へと進んでいく。壁一面に埋め込まれた紫色の水晶が、アルトの調律に呼応するように穏やかな光を放ち、足元を明るく照らしていた。
◇
坑道の深部へと進むにつれ、壁のあちこちに砕け散った道具や、壊れた武器が転がっているのが目についた。
「これは……かなり最近のものですね。誰かが先に入っていたのでしょうか?」
カノンが地面に落ちていた砕けた剣を拾い上げる。その刃はズタズタに引き裂かれており、異常な負荷がかかって内部から弾けたような壊れ方をしていた。
「あ、この壊れ方……メンテナンス不足で限界が来て壊れたんだな。危ない使い方してるなぁ」
俺が首をかしげていると、洞窟の最奥部――広大な地下広場から、凄まじい地鳴りと情けない悲鳴が轟いた。
「ひぃいいいっ!? 効かない、魔法がまったく効かないわヴァン!!」
「くそっ、なんでだ!! この大剣、重すぎてまともに振れねぇええっ!!」
広場の中心で巨大な岩石の魔物――『ノイズ・ゴーレム』に追いたてられていたのは、ボロボロの装備を纏った男剣士と女性魔導士だった。
「あの二人は……ヴァンとミリア?」
俺が漏らした呟きを、カノンは見逃さなかった。
「アルト様……まさかあそこにいる醜態をさらしている男女が、かつてアルト様を追放したという【銀翼】の害虫どもでしょうか?」
紫の瞳に冷徹な光が宿る。カノンにとって、二人は初対面だが「絶対に許せない存在」だった。
「ヴァン! 剣の波長がガタガタになって重くなってるのよ! 早く予備の武器に――」
「予備だって全部折れたんだよ!! なんだこの鉱山は! 魔法を唱えようとすると頭が割れそうに痛むし、武器は重くなるし、どうなってやがる!!」
ノイズ・ゴーレムが振り下ろした岩石の拳が、ヴァンのすぐ脇の地面を粉砕する。逃げ惑う二人の表情は絶望に染まり、かつての「Sランクの威厳」など微塵も残っていなかった。
「ア、アルト……!? なんであんたがこんなところに……!?」
悲鳴を上げながら逃げる途中、ミリアが入口に立つ俺たちの姿を視界に捉えた。その目が驚愕で見開かれる。
「アルトだと……!? クソッ、ちょうどいい! アルト、雑用係のお前が盾になってこのバケモノの足を止めろ! 命令だ!!」
ヴァンが都合よく俺を見つけ、過去と同じように見下した態度で横柄に命令を飛ばしてきた、その瞬間――。
――ドスッ!!!
カノンが静かに一歩前へ出た。
ひとつ目のコアを取り戻し、出力が跳ね上がった彼女から解き放たれたのは、地下広場全体を恐怖で叩き潰す絶対零度の圧迫感。
「……私の大好きなアルト様に……死にぞこないの害虫が、気安く口を利くなアアアアッ!!!!」
カノンの殺気が爆発し、初対面のヴァンとミリアは恐怖のあまり悲鳴すら上げられず、その場に崩れ落ちた。




