第22基音:地下オークション
カデンツァの街に夜が訪れると、昼間の賑やかさとは打って変わり、裏通りには怪しげで落ち着いた雰囲気が漂い始めていた。
俺たちはマルコさんに案内され、商業区の地下深くに位置する隠し扉の前に立っていた。黒塗りの衣装に身を包んだ護衛たちが門番を務めているが、マルコさんが胸元から『SランクVIPタグ』を取り出すと、即座に深々とお辞儀をして扉を開けた。
「ここがカデンツァの『地下競売場』だ。世界中の闇市場や未踏の遺跡から掘り出された、一級品の秘宝だけが集まる場所だよ」
重厚な扉の先には、階段状の豪華な客席と中央のステージが広がり、仮面や頭巾で顔を隠した富豪や貴族、大商人たちが静かに熱気を放っていた。
俺たちはステージを見下ろせる、マルコ商会専用のVIP個室(バルコニー席)に通される。
「アルト様……ステージの奥から、かすかな共鳴を感じます」
カノンは胸元に手を当て、紫の瞳を静かに昂ぶらせていた。
「私の失われた回路のひとつ――『古代魔導コア』に間違いございません。波長が、アルト様の調律を求めて呼応しております」
「よし……絶対に競り落とうね」
「プルプル〜♪」
パルスも応援するように俺の膝の上で小さく跳ねる。
◇
「紳士淑女の皆様! お待たせいたしました! 本日の目玉商品――大古代文明の遺跡より発掘された未知の遺物、『オーパーツの魔導コア』でございます!」
司会者の高らかな宣言とともに、ステージ中央の台座にガラスケースで覆われた黒ずんだ結晶体が姿を現した。
表面は長年の封印とノイズにより黒くくすんでいるが、その中心部には凄まじい密度の高純度魔力が眠っているのが俺の目にははっきりと見えた。
「ただし! このコアは非常に不安定で、内部の魔力回路が暴走・劣化しており、現在一般的な魔導士では起動はおろか触れることすらできません! 研究用、あるいはコレクションとしていかがでしょうか! スタートは金貨100枚から!」
「不躾な司会者ですね……」
カノンが冷ややかな視線をステージに向け、低く呟く。
「あのコアが『劣化』などと……ただ、長年の眠りによって波長が乱れ、少し埃が被っているだけですのに」
「大丈夫だよカノン。俺がちゃんと綺麗にしてあげるからね」
競売が始まると、会場からは次々と声が上がった。
「金貨150枚!」
「金貨200枚だ!」
「未知のオーパーツだ、研究価値はある! 金貨300枚!」
価格がどんどん跳ね上がっていく中、マルコさんは不敵な笑みを浮かべ、ゆったりと革張りの椅子に腰掛け直した。
「ふむ、なかなか活発だな。だがアルト君、安心したまえ。私が出した札を上回れる者など、この会場には一人とおらんよ」
マルコさんは手元のプレートを静かに掲げた。
「――白金貨10枚(金貨1000枚)」
「「「!!???」」」
一瞬で会場全体が静まり返った。
桁が二つ跳ね上がった破格の提示額に、司会者も目玉をひっくり返そうになっている。
「は、白金貨10枚……っ!? 他に対抗されるお客様はいらっしゃいませんか……!? ……はい! それでは落札――」
その時だった。
「待ちなぁ! そのコア、俺たちが『白金貨15枚』で買い取ってやるぜ!」
乱暴な大声とともに、VIP席の並びにある別の個室の扉が勢いよく開いた。
現れたのは、派手な金飾りに身を包んだ横柄な男と、その後ろに控えさせる数人の用心棒(高ランク冒険者)たちだった。
「おいおいマルコ商会! 会長直々にお越しとは結構だが、裏社会のシノギにまで老舗の大商会が出しゃ張ってんじゃねぇよ! 我ら『クロイツ商会』の顔を立ててもらおうか!」
周りの客たちが「ひぇっ、クロイツ商会の若頭だ……」「カデンツァの老舗であるマルコ商会にまでイチャモンをつける気か……!?」と恐れをなしてひそひそと囁き合う。
マルコさんは眉ひとつ動かさず、重厚で威厳に満ちた視線を向けた。
「ふん、新興のクロイツの小僧か。歴史ある競売のルールすら守れん青二才が……」
「あぁん!? なんだとクソジジイ! おい用心棒ども、ちょっとそこの部屋に挨拶してやれ!」
クロイツ商会の合図とともに、厳めしい鎧を着たAランク級の用心棒たちが、刃を抜いて俺たちのVIP個室へと雪崩れ込んでこようとした。
「アルト様のお邪魔をする害虫ども……」
カノンが仕込み刃に手をかけ、一瞬で首を跳ね飛ばそうと足を踏み出した、その時――。
俺は騒がしい用心棒たちの全身の装備と、横柄な男が懐に隠していた魔導銃の波長に視線を合わせた。
「……手入れもされてないし、すっごく品のない音が鳴ってるな。危ないから整えるよ」
――パチンッ。
『調律』
瞬間、個室に踏み込もうとした用心棒たちの巨大な大剣、厚いプレートアーマー、そして横柄な男の魔導銃が一斉に「パンパンパンッ!」と乾いた音を立てて弾け飛んだ。
金属の構造結び目が弾け飛び、一瞬にしてただの微細な鉄粉となって床にサラサラと崩れ落ちる。
「ひぃいいい!?? ろ、鎧と武器が一瞬で砂になったぁああ!?」
「な、なんだこの部屋!? 化け物がいるぞ! 逃げろぉおおあ!」
服と下着だけを残して丸裸(丸腰)にされた用心棒たちと横柄な男は、腰を抜かしながら悲鳴を上げて階段を転げ落ちて逃げ出していった。
会場内は静まり返り、誰も何が起きたのか理解できずに口ぐぐんでいる。
「……コホン。さて司会者殿、競売を続けてくれたまえ」
マルコさんが優雅に咳払いすると、冷や汗だくだくの司会者が慌てて木槌を打ち鳴らした。
「は、はいぃっ!! 白金貨10枚で、マルコ商会様の落札決定ですっ!!」
◇
競売終了後、個室に届けられた『古代魔導コア』のケース。
カノンは愛おしそうにそれを見つめながらも、少し緊張した面持ちで佇んでいた。
「アルト様……このコアを私の体内に再組み込みするには、本来であれば大規模な精密手術と、数日間の冷却期間が必要となります。ですが……」
「大丈夫、そんな大掛かりなことしなくてもいいよ」
俺はケースから黒ずんだコアを取り出すと、カノンの胸元――心臓の少し上にそっと手を当て、コアを重ね合わせた。
「カノンの体に優しく馴染むように、波長を揃えてあげるね」
――パチンッ。
『調律』
瞬間、黒くくすんでいたコアが一気に透き通り、眩いばかりの神聖な紫色の光を放ち始めた!
ノイズが綺麗に消え去ったコアは、まるで吸い込まれるようにカノンの胸元へと滑らかに融合し、彼女の全身の魔力回路が大きな輝きを取り戻していく。
「くっ……あぁあああ……っ!!」
カノンの背中から、眩い魔導の翼が一瞬だけ広がり、全身に活力がみなぎっていく。
「アルト様……! 体の不調が消え、出力が劇的に上昇いたしました……! アルト様が私の内部を満たしてくださったおかげです……っ!」
うっとりと頬を染めながら胸元を押さえるカノン。だが、彼女はふと何かを思い出したように視線を落とした。
「……ですがアルト様。私の本来の機能を取り戻すには、これを含めて『4つのコア回路』が必要です。残り3つのコアも、世界のどこかに眠っているはず……」
「そっか。1つ見つかったんだから、残り3つも絶対に俺たちで見つけ出そうね」
「アルト様……! はいっ、どこまでも喜んでお供いたしますわ!」
「プルプルッ!」
カノンのパーツ探しという「新たな旅の目的」を得た俺たちは、次なる冒険へと胸を躍らせるのだった。




