第21基音:商業都市の街巡り
競売会までの数日間、俺たちはマルコさんが用意してくれた最高級ホテルのスイートルームに滞在しながら、カデンツァの街を巡ることにした。
「アルト様……お出かけのお誘い、大変光栄に存じます。本日はアルト様の『妻』としての完璧な振る舞いを徹底いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします……っ」
「妻!? デートじゃなくて街巡りだからね!? あとカノン、その格好すごく似合ってるよ!」
ホテルの鏡の前で頬を赤らめるカノンは、昨日マルコ商会のVIP特典で新調したシックな紺色のワンピースドレスを身に纏っていた。普段の凛とした佇まいに、柔らかで華やかな雰囲気が加わり、思わず見惚れてしまうほど美しい。
「あ、アルト様にお褒めいただけるなんて……! このお洋服は一生脱がずに神聖な家宝として――」
「脱いで洗濯はしてね!? さあ、行こうか!」
「プルプル〜♪」
パルスも俺の肩の上で上機嫌に体を揺らし、俺たちは賑やかなカデンツァの大通りへとくり出した。
◇
世界中の物資が集まる商業都市カデンツァの市場は、歩いているだけで胸が躍るような活気に満ちあふれていた。
露店には見たこともない珍しい果物や、色鮮やかな魔導アクセサリー、世界各国の料理が並んでいる。
「カノン、これ食べてみる? カデンツァ名物の魔導焼き菓子だって」
「アルト様が買ってくださったものなら、毒が入っていようと喜んで呑み干しますわ……っ!」
「毒は入ってないから安心して食べて!? はい、あーん」
「あ、あーん……っ!?」
焼き立てのサクサクとしたお菓子を差し出すと、カノンは顔を真っ赤にしながら、壊れものを扱うように丁寧に口を寄せた。
「……っ! 美味しいです……! 甘くて香ばしくて……アルト様と食べるものは、どうしてこんなにも特別な味がするのでしょうか……っ」
胸の前で手をキュッと握りしめ、うっとりと目を細めるカノンの可愛さに、通りすがる人々も思わず振り返っていた。
◇
「あっちの高級魔導具店も見てみようか。カノンのパーツのヒントになるものがあるかもしれないし」
二重三重に人が群がる有名な魔導露店に立ち寄ると、店主が自慢げに「最新型の魔導増幅リング」を客たちに見せびらかしていた。
「へいらっしゃい! これは王都の工房で組み上げられた最高峰のリングだ! ただし魔力の波長が繊細すぎて、扱えるのは並の魔導士じゃ無理なんだがな!」
店主が誇らしくリングに魔力を流し込むが、かすかに「キィィ……」と嫌な不協和音が鳴り、魔力の光がパチパチと不規則に弾けている。
(あ……これも内部の魔力回路が微妙にズレてて、負荷がかかっちゃってるな)
俺は思わずそっと指を鳴らした。
――パチンッ。
『調律』
瞬間、露店に置かれていたリングから雑音が消え去り、澄み渡るような美しいエメラルドグリーンの魔導光がふわっと溢れ出した。内部の摩擦がゼロになり、完璧な調和を果たした光だ。
「な、なんだぁあ!? 歪みが消えて、めちゃくちゃ滑らかで強大な魔力が流れ出し始めたぞ! 一体何が起きたんだ!?」
「よしカノン、人だかりがすごいから次に行こうか!」
「ふふ、アルト様の指ひとつの調律で、街中の宝飾品がかすんでしまいますね」
騒ぎになる前に露店をそっと抜け出した俺たちは、顔を見合わせてクスッと笑い合い、夕暮れ時の綺麗な景色が見える時計塔広場へと向かって歩いていた。
◇
その時だった。
「へいへいねえちゃん! えらい上等な服着て、そんなひょろい男とお出確かよ?」
路地裏から、下品なニヤケ顔を浮かべた3人のならず者たちがニヤニヤしながら通せんぼするように現れた。この街の悪質なたかり屋のようだ。
「俺たちと遊ぼうぜ? そのひょろ男じゃ、お前に美味ぇ酒の一杯も奢れねぇだろ!」
チンピラのリーダー格が調子に乗ってカノンの細い肩に手を伸ばそうとした、その瞬間――。
――ドスッ!!!
「……私の……」
空気が凍りついた。
カノンの身から発せられたのは、殺気という言葉すら甘い、まるで世界を滅ぼす魔導兵器そのものの超高圧な絶対零度の圧迫感。
「……私の、アルト様との……至高で神聖なるお時間を……害虫ごときが汚すなアアアアッ!!!!」
カノンの紫の瞳が禍々しく輝き、背後に巨大な魔導兵器の幻影が立ち昇る。カノンは腰の仕込み刃に手をかけ、街の一角ごとチンピラたちを蒸発させようと魔力を練り上げ始めた。
「ヒッ……!? ひぃあああああ!? な、なんだこの女ぁあああ!?」
あまりの恐怖に腰を抜かすチンピラたち。だが、このまま本気を出されたらカデンツァの街が消し飛んでしまう!
「カノン、待って待って! 街中でそれはアカン!」
俺は慌ててカノンの手首をキュッと掴んだ。
「カノンの気持ちは嬉しいけど、せっかく新調した綺麗なドレスが汚れちゃうよ。俺はカノンと楽しく街を回りに行きたいんだ」
「〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
俺が優しく手を重ねてそう伝えると、カノンの殺気は一瞬で消し飛び、ボッと音がしそうなほど顔を真っ赤にして固まった。
「あ、アルト様が……私のお洋服と……私の笑顔のために……っ!!(尊死)」
「よし、カノンの代わりに俺がちょっとだけお仕置きするね」
俺は震え上がっているチンピラたちの装備に向かって、そっと指を鳴らした。
――パチンッ。
『調律』
瞬間、チンピラたちのナイフやベルトの金属バックルが一斉に「パンッ!」と音を立てて弾け飛び、ただの鉄粉となって崩れ落ちた。服の固定具が破壊され、チンピラたちのズボンが一気にずり落ちる。
「ひぃいいい!? 武器も服も指パッチンで弾け飛んだぁああっ!?」
「服直しておいたから、早く逃げなさい!」
「バケモノだぁああああ!!」
パンツ一丁状態になったチンピラたちは、悲鳴を上げながら半泣きで路地裏へ逃げ去っていった。
◇
夕暮れ時。カデンツァの街を見下ろす大きな魔導時計塔の広場。
茜色に染まる街並みを背景に、カノンは優しく風に揺れる髪を押さえながら、愛おしそうに俺を見つめた。
「アルト様……私、いま人生で一番幸せです。害虫の乱入はございましたが、アルト様のお優しいお言葉で、心が満たされております……」
「はは、大事にならなくて良かったよ。カノンを怒らせると本当に怖いからね」
「ふふ、アルト様をお守りするためなら、私はいつでも悪魔にでもなってみせますわ」
まっすぐで重すぎるほどの深い愛が込められた紫の瞳。俺はその温かな手を取り、力強く頷いた。
「うん。明日の競売会、絶対にカノンのパーツを手に入れようね」
「プルプルッ!」
二人の絆をさらに深めた俺たちは、カノンの失われたコアが眠る『地下オークション』の夜へと備えるのだった。




