第19基音:商業都市カデンツァ
重厚な大門をくぐり抜けた瞬間、俺たちの視界を眩いばかりの魔導光と怒涛の活気が埋め尽くした。
巨大な石造りの建物群、空を巡る魔導仕掛けの看板、そして世界中のあらゆる人種と物資が行き交う大通り。ここが、世界中のモノと情報が集まる一大拠点――商業都市カデンツァだ。
「すごいな……ハーモニアも大きかったけど、ここは桁違いだね」
「はい。ですが、どのような大都市であれ、アルト様の放つ高貴な輝きに比べれば路傍の石も同然ですわ」
「カノン、さらっとすごいこと言わないで!?」
乗合馬車を降り、無事に護衛任務を終えた俺たちは、まずカノンのパーツ探しと旅の準備を兼ねて、街で一番大きいとされる商業区画へと向かった。
◇
「……ここが、街で一番の商会か」
たどり着いたのは、広場の中央にそびえ立つ、まるで城郭のような巨大な5階建ての建物だった。掲げられた看板には、金色に輝く大きな獅子の紋章。
――『マルコ商会・カデンツァ本店』。
「マルコさんの商会って、こんなに大きかったんだ……」
以前道中で助けた気さくなおじさんという印象だったが、まさかこれほどの大商業帝国のトップだったとは。感心しながら豪華なエントランスをくぐると、店内の奥から大声と困惑したようなざわめきが響いてきた。
「だから言ったろう! カデンツァ全体の魔導流通を支える『大魔導冷却機関』が止まったら、本店中の保管倉庫にある希少素材が全滅するんだぞ!?」
「ですが会長、カデンツァ最高の魔導技師たちを総動員しても原因が特定できないのです! 機関内部の魔力回路が複雑に絡まり合い、暴走寸前のノイズを発していて……手に触れることすらできません!」
「くそっ……! このままでは我が商会どころか、カデンツァの市場全体が大混乱に陥ってしまう……っ!」
見覚えのある丸い背中を丸め、頭を抱えて叫んでいるのは、紛れもなくマルコさん本人だった。
「あの……マルコさん?」
俺がそっと声をかけると、マルコさんは弾かれたように振り返り、その丸い目を限界まで見開いた。
「お、おおお……っ!? アルト君にカノンさんじゃないか!! なぜ君たちがここに……いや、それどころではないのだ! 今、本店が、いやカデンツァの商業が絶体絶命の危機で――」
「あ、その冷却機関の不調なら、たぶんあっちの地下から聞こえる変な音ですよね?」
俺は地下へと続く重厚な鉄扉の奥を指差した。
集中して耳を澄ますと、建物の底から「ギギギギ……キィイイイ!」と耳を刺すような、激しい魔力の不協和音が響いているのが分かった。
「わかるのかね!? 技師たちですら『原因不明の魔力暴走』とパニックになっているというのに……!」
「暴走っていうか……色んな高級素材の魔力が混ざりすぎて、機関の結び目にノイズが溜まってるだけですよ。放置すると破裂しちゃうので、ちょっと整えてきますね」
「えっ? 待ちなさいアルト君! 地下は暴走した魔力熱で危険――」
引き留めるマルコさんをよそに、俺は地下室の扉を開け、巨大な大魔導冷却機関の前へと進み出た。真っ赤に加熱し、狂ったように振動する巨大な魔導機械。
俺はそっと手を差し伸べ、混ざり合った雑音の結び目を一つずつ解き明かすように、指を鳴らした。
――パチンッ!
『調律』
瞬間、地下室を支配していた不快な重低音と熱気が一瞬で吹き飛んだ。
澄み渡るような「フォーン」という美しい駆動音が響き渡り、巨大機関は生まれたてのような綺麗な青い魔導光を放ちながら、静かに、そして完璧に稼働を再開した。
「ふう、これで大丈夫です。ノイズを吹き飛ばして波長を完璧に揃えておいたので、前より効率も良くなってるはずですよ」
地下室に降りてきたマルコさんと技師たちは、口を鳩が豆鉄砲を食ったように開けたまま、完璧に動作する冷却機関と俺を交互に見つめ、その場に崩れ落ちた。
「な……なんということだ……っ!カデンツァの国家級技師が匙を投げた大魔導機関を……指パッチン一発で完璧に直しちゃったぁぁあああ!?」
マルコさんの絶叫が、静まり返った地下室に木霊した。




