第17基音:落ちぶれた『Sランク』
王都の冒険者ギルド、その喧騒から外れた酒場の片隅で、最高峰のSランク冒険者パーティー【銀翼】の面々は険しい表情でテーブルを囲んでいた。
「くそっ……! なんだって最近の依頼はこうも打撃が通らないんだ!? 剣の刃が通らないどころか、一撃打つたびに手が痺れて仕方がねぇ!」
【銀翼】のリーダーである剣士ヴァンが、ギルドの木製テーブルをドシンと叩きつける。その腰に差された大剣の刃先は、かつての輝きを失い、微細な刃こぼれと魔力の目詰まりによってどんよりと淀んでいた。
「ヴァン、私だって限界よ……! 杖の魔力回路がどうにかなりそうなの。魔法を撃つたびにバックファイアみたいな不快な振動が手に伝わってきて、威力が半分も出ないわ!」
魔導士の少女ミリアも、イライラと爪を噛みながら愚痴をこぼす。
アルトという『無能なLV1の雑用係』を追い出して一ヶ月。
Sランクの威厳を保つため、彼らは更なる飛躍を期待して新しい雑用係を何人も雇ったが、誰一人として満足な成果を出せなかった。
「チッ、どいつもこいつも使えない雑用ばかり雇いやがって! アルトの奴がいた頃は、こんな不快な感覚一度もなかったぞ……! あいつはただのLV1だったが、道具の手入れだけは無駄に手際が良かったからな」
ヴァンは吐き捨てるように言ったが、彼らはまだ気づいていない。
Sランクたる彼らの強靭な攻撃に耐えうるほど武器や防具が完璧な状態を保っていたのは、アルトが毎日『調律』で構造の歪みや魔力の不協和音を完璧に取り除いていたからだということに。
アルトという“緩衝材”を失った【銀翼】の装備は、日々ノイズを溜め込み、本来の性能の半分も発揮できなくなっていたのだ。
「……なぁ、ヴァン。さっき受付の連中が噂してた話、聞いたか?」
重戦士の男が、声をひそめて切り出した。
「噂ぁ? なんだよ」
「隣街のハーモニアで、登録したばかりのFランク冒険者が、たった数日で大型魔物を単独討伐して【Dランク】に飛び級昇格したらしい。しかも、そいつの職業が『調律師』だってよ……」
「……はっ! 爆笑させんなよ!」
ヴァンは鼻で笑い、酒杯をあおった。
「調律師だと? アルトみたいなゴミ職が戦闘で役に立つわけねぇだろ! どうせどっかの金持ちのボンボンが、凄腕の護衛でも雇って実績を金で買っただけに決まってらぁ!」
「そうよねぇ。調律なんて指パッチンしかできない欠陥スキルだもの。あのゴミが今頃どこかの野原で野垂れ死んでるかと思うと、せいせいするわ!」
ミリアもケラケラと嘲笑う。
自らの足元が崩れ去りつつあることにも、自分たちが捨てた「ゴミ」がどれほどの怪物だったのかということにも、彼らはまだ何一つ気づいていなかった。
◇
「……ハックション!」
その頃。ハーモニアの街道を歩いていたアルトは、かわいらしくくしゃみを一つ噛み殺していた。
「アルト様!? お風邪でしょうか……っ!? 私の魔力で体温を調整いたしますので、どうぞ私を抱きしめて暖をお取りください……っ!」
「大丈夫大丈夫! カノン、ちょっとくしゃみが出ただけだから! 誰かが噂でもしてるのかな?」
「アルト様の噂など、私とパルス以外の者が口にすることすらおこがましいです……」
「プルプル〜」
ポケットの中でパルスが揺れる。
過去のパーティー【銀翼】が自滅の道を突き進んでいることなど知る由もないアルトは、カノンの重すぎる愛情とパルスの愛らしさに苦笑しながら、爽やかな秋晴れの下を歩んでいくのだった。




