第16基音:初デート
翌朝、雲ひとつない快晴の空の下。
俺はDランク昇格のお祝い金や報酬で潤った財布を手に、宿屋の部屋でカノンとパルスに向き合っていた。
「よし! Dランクにもなれたことだし、今日はいろいろ買い出しに行こう。カノンの着替えや予備の旅道具、パルスのシロップも補充したいし、街をぶらぶら散策しようか」
俺は何気なく提案したのだが、カノンは息を呑み、紫の瞳をこれ以上ないほど大きく見開いた。
「アルト様と……二人きりで、街を散策……!? っ……!! これがいわゆる、男女が絆を深める儀式……『でーと』というものでございますね……っ!?」
「えっ、あ、いや、ただの買い物というか――」
「全身全霊でお供いたします!! アルト様との初デート、この命に代えても最高の時間にして見せますわ……っ!」
(命かけなくていいんだけど!? ただの買い物なんだけど!?)
胸の前で固く両手を握りしめ、顔を真っ赤にして感涙にむせぶカノン。ポケットの中ではパルスが「プルプル〜♪」と楽しそうに体を揺らしていた。
◇
ハーモニアの大通りは、朝から露店が立ち並び、多くの人々で賑わっていた。
「アルト様、あの……手など、繋いでもよろしいでしょうか……? 人混みで、はぐれてしまうと困りますので……(※建前)」
「あ、そうだね。迷子になると大変だし」
俺が差し出した手を、カノンはまるで壊れ物を扱うかのように優しく、けれど絶対に離さないと言わんばかりの力でギュッと握りしめてきた。カノンの手がほのかに温かい。
「見てカノン、あそこの露店の焼きたて串焼き、すごくいい匂いがする」
「アルト様が召し上がりたいのであれば、私がお店ごと買い取り――」
「買い取らなくていいから! 普通に二本買おう!」
焼きたての肉串を二本買い、一本をカノンに渡す。カノンは肉串を宝物のように見つめると、意を決したように息を呑んだ。
「あ、アルト様……『あーん』……として差し上げましょうか……っ?」
「えっ!? い、いや、自分で食べられるよ!?」
「っ……で、では、アルト様の『あーん』を私に……っ!」
耳まで真っ赤にして目をキュッと瞑るカノン。その可憐な姿に周囲の通行人たちが「お熱いねぇ」と微笑ましそうな視線を送ってくる。俺は盛大に照れつつも、肉串を二人で美味しく味わった。パルスにも特製シロップ入りのカットフルーツを買ってやると、器の中で大はしゃぎで吸い付いていた。
◇
買い物を進める中、ふと立ち寄った装飾品店の店頭で、ひとつの髪飾りが目に留まった。
落ち着いた銀の台座に、深い紫色の小粒な魔導石が嵌め込まれた小さなリボン型の髪飾りだ。
「ん……? この髪飾りの波長、すごく綺麗だな」
俺は髪飾りに手をかざし、微細な波長を観察する。
(うん、カノンが纏っている過剰な魔力ノイズを自然に逃がす、最高のセーフティ(減衰)回路になってる。これがあれば日常のメンテがもっと楽になるな)
「すみません、これください」
銀貨を払い、買い求めた髪飾りをカノンの前に差し出した。
「カノン、これ。カノンの魔力波長とすごく相性が良くてメンテに役立ちそうだったから。良かったら使って」
「あっ……アルト様が……私に、贈り物を……!?」
カノンの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
「えっ!? カノン、なんで泣いて――」
「嬉しすぎるのです……っ! アルト様が私のためだけに選んでくださった宝物……! これは実質的な指輪……いいえ、永遠の愛の誓い(エンゲージ)と受け取ってよろしいのですね……っ!?」
「指輪じゃないし愛の誓いでもないよ!? 単なる波長相性のいい便利アイテムだよ!?」
俺のツッコミも虚しく、カノンはその髪飾りに愛おしそうに頬をすり寄せ、感極まった様子で俺の腕に抱きついてきた。
「一生の宝物にいたします……! アルト様、大好きです……っ!」
「わわっ、カノン、街中だから! みんな見てるから!」
重すぎるデレに冷や汗をかきつつも、どこか微笑ましい気持ちになりながら、俺たちの「初デート」は賑やかに続いていくのだった。




