第10基音:小さなパルス
カノンが湿地帯の一部を吹き飛ばし、ブルーハーブの採取も一段落した頃。俺はふと、耳奥を引っかかれるような奇妙な不快感を覚えた。
「……ん?」
「アルト様、どうかされましたか?」
「いや、受付嬢さんが言っていた『魔力の波長がおかしい』ってやつ、マッドボアだけが原因じゃない気がするんだ。まだこの奥から、すごく不協和音なノイズが聞こえる」
俺たちは干上がった湿地帯のさらに奥、鬱蒼とした泥の窪地へと向かった。
そこには、通常のスライムとは明らかに異なる、ドロドロとした黒紫色の液体が蠢いていた。周囲の魔力を乱雑に吸い込んでは、ビリビリと嫌な振動を撒き散らしている。
「あれは……突然変異の変種スライムですね。周囲の魔力を無差別に汚染する、害悪なノイズスライムです。アルト様、お任せください。今度こそ一粒子も残さず消滅させます」
そう言って再び紫の魔力を指先に集め始めたカノンを、俺は慌てて手で制した。
「待ってカノン! 攻撃しちゃダメだ!」
「えっ……?」
俺は窪地の前に屈み込み、黒紫色のスライムをじっと見つめた。
(なるほど……あいつ自身が凶暴なわけじゃないんだ。体内の魔力循環がバグって、自分の意思と関係なく不協和音を垂れ流しちゃってる。過剰な魔力ノイズに圧迫されて、あいつ自身が一番苦しんでるんだ)
「よしよし、痛かったな。今楽にしてやるから」
俺は黒紫のスライムに向かって、静かに右手をかざした。
パチン――!
澄み切った指鳴らしの音が、湿地帯の空気を心地よく震わせる。
次の瞬間、スライムを覆っていた黒紫色のノイズが一気に弾けて霧散した。
ドロドロだった体表は、まるで磨き抜かれた水晶のように透き通った綺麗な水色へと変化していく。
「プルプルッ……♪」
不快な振動は消え去り、心地よい一定の拍子――まるで静かな心臓の鼓動のような、綺麗な波長を刻み始めた。
「よし、チューニング完了だ。もう大丈夫だぞ」
俺が微笑むと、スライムは歓喜の声を上げるように「ぷるんっ!」と跳ね、俺の腕にしがみついてきた。頬にすり寄ってくる感触がヒンヤリして気持ちいい。
「あはは、くすぐったいって! ……お前、波長がすごく綺麗な『パルス』だな。よし、お前の名前は【パルス】だ!」
「プルルンッ♪」
名前を気に入ったのか、パルスは俺の肩の上で嬉しそうにぷるぷる揺れている。
(うん、メンテナンスしてやったらすっかり大人しくなったな。元々はただの可愛いスライムだったんだ)
俺がほっこりしていると、隣から極度に冷え切った視線を感じた。
振り返ると、カノンが紫の瞳を怪しく光らせ、パルスを殺気満々で見つめていた。
「(……アルト様の神聖なる『波長の再調律』によって、存在の概念そのものを書き換えられ、浄化されたというのに……あんな意思のない魔物すら一瞬で従えてしまうなんて……っ!)」
尊さへの感動と同時に、カノンの胸にメラメラと嫉妬の炎が燃え上がる。
「アルト様……その、私という存在がありながら、そのような新参のぷにぷに体を愛でられるのですか……? 私の肌の方が、ずっと滑らかで柔らかいですよ……?」
「張り合う対象が謎すぎるよカノン!? パルスはただのマスコットだから!」
「プルッ!?」
カノンの激しい牽制オーラを感じ取ったパルスは、俺の首元にキューッと身を縮めて隠れたのだった。
こうして俺たちは、湿地帯の魔力異常の原因を解決し、新しい仲間(?)のパルスを連れてハーモニアへの帰り道につくのだった。




