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存在のパラドックス  作者: レモンティー


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第四話:外側の観測者

落ちる、という感覚はなかった。

上も下もない。

重力も、時間も、方向すら定義されていない空間。

それでも――俺は“進んでいた”。

視界の中を、無数の光が流れていく。

線ではない。

点でもない。

それぞれが、ひとつの“まとまり”を持っている。

「……世界線か」

言葉にした瞬間、それは確信に変わった。

一つ一つの光が、脈打っている。

誕生し、分岐し、収束し、また枝分かれする。

そのすべてが、同時に存在している。

「ようこそ」

声がした。

振り向く。

そこに“いた”。

人の形。

だが、人間ではない。

輪郭が曖昧で、内側に光が流れている。

瞳は深く、底が見えない。

「ここが……」

俺は周囲を見渡す。

境界はない。

終わりもない。

「“外側”だよ」

そいつは静かに言った。

「世界線の外。分岐の外。因果の外」

俺は小さく息を吐く。

「……本当にあったのか」

「君はもう見てきただろう」

そいつは笑う。

「分岐も、干渉も、崩壊も」

確かにそうだ。

あの裂け目。

あの異質な空。

そして――

自分自身の存在の歪み。

「俺は、存在してない人間だ」

口に出してみる。

妙な感覚だった。

否定されるでもなく、肯定されるでもない。

ただ“事実”として、そこにある。

「正確には」

そいつが言う。

「“特定の世界線に属していない”存在だ」

「どの分岐の結果にもなっていない」

「だから、ここに来られる」

納得はできる。

だが――

「じゃあ、お前は何だ」

俺は問う。

そいつは少しだけ考えたように見えた。

「観測者に近い」

「だが、干渉もする」

「そして、ここにいる者は皆――」

一瞬、言葉を区切る。

「“枝から外れた存在”だ」

視界の端で、光が弾けた。

一つの世界線が、分岐し、増殖し、そして――

崩れる。

「……さっきのやつか」

俺がいた世界。

飯田がいた世界。

あの不安定な現実。

「まだ保っている方だ」

そいつは言う。

「分岐が増えすぎると、いずれ干渉が起きる」

「干渉は、やがて融合に変わる」

「そして――」

「形を保てなくなる」

静かだった。

だが、その言葉には確実な終わりが含まれていた。

「全部、壊れるのか」

「壊れる、というより――」

そいつは光の一つに手をかざす。

「混ざる」

触れた瞬間、光の中の景色が一瞬だけ見えた。

見知らぬ街。

違う歴史。

違う空。

「こうやって」

「無数の“もしも”が、無理やり一つに押し込められる」

俺は思い出す。

紫の空。

歪んだ構造物。

“概念”のような生物。

「……あれか」

「そう」

「あれは、融合の結果だ」

少しだけ、笑いが込み上げた。

「めちゃくちゃだな」

「だが現実だ」

そいつは、ゆっくりとこちらを見る。

「君には選択肢がある」

また、それか。

だが今度は、少し意味が違う。

「一つ」

「特定の世界線に入り込み、“存在”を取り戻す」

「ただし、その瞬間に他の可能性は失われる」

「二つ」

「融合した世界に留まる」

「あらゆる可能性が混ざった、不完全な現実だ」

「そして三つ目」

一瞬、間が空く。

「さらに外へ行く」

「……外の、外か」

「そう」

そいつは指を差す。

無数の光の、さらに向こう。

そこには――何もない。

だが、“何もない”はずなのに、

確かに“何か”がある。

「そこでは」

「世界線そのものを“選べる”」

沈黙。

選択。

ずっと、それをしてきた。

意図的ではなかったとしても、

結果的に、俺は分岐を生み続けている。

「……全部、見てから決める」

俺は言った。

「どの世界がどうなってるのか」

「何が“正解”なのか」

「それを知らないまま選ぶ気はない」

そいつは、少しだけ驚いたように見えた。

そして、すぐに微笑む。

「いい判断だ」

周囲の光が、ゆっくりと脈打つ。

誘うように。

試すように。

「触れれば、観測できる」

「ただし、深入りすれば引き込まれる」

忠告。

あるいは――

歓迎。

俺は、一つの光に目を向けた。

他よりも、強く脈打っている。

「……これだな」

手を伸ばす。

光に触れる直前――

そいつが最後に言った。

「気をつけろ」

「その世界は、“終わっている”」

指先が、光に触れる。

――雪。

冷たい風。

焼け落ちた街。

そして。

新しい歴史が、始まる。

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