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存在のパラドックス  作者: レモンティー


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第二話:干渉者

観測は、干渉しない。

それが、この時代の絶対的な前提だった。

飯田正晴も、その一人だった。

宇宙を観測し、生命の確率を計算し、そして結論に至る。

――人類は、ただの事故である。

記録を残し、送信した時点で、彼の仕事は終わっていたはずだった。

だが。

「……おかしいな」

モニターの一点に、わずかな違和感があった。

地球のシミュレーションデータ。

ほんの微細な誤差。通常なら無視されるレベル。

だが、それは“変化”だった。

「誰かが……触っている?」

ありえない。

このシステムは完全に閉じている。外部から干渉など不可能なはずだ。

だが現実に――変わっている。

飯田は過去ログを遡る。

数秒前。数分前。数時間前。

そして、ある一点で止まる。

「……ここだ」


祖父と祖母が出会ったのは、戦後まもない冬のことだと聞いている。

寒さと空腹の中で、それでも二人は笑ったらしい。

――その後母が生まれ、父と出会い、そして俺は、生まれた。


昭和二十年代、日本のとある街。

一見すれば、ただの日常の一場面。

だが――

「この二人、本来は出会うはずだった」

データ上、確定していた未来。

しかし今は違う。出会っていない。

わずかなズレ。

だが結果は決定的だった。

「この二人が出会わなければ……」

飯田は計算を走らせる。

系譜、遺伝、出生確率。

そして――

「一人の人間が、生まれない」

ただの一個体。

つまりは俺。

だが、その“たった一人”が確実に世界から消えている。

「自然じゃない」

偶然ではない。確率の揺らぎでもない。

これは――意思だ。

「誰かが、過去を変えた」

その瞬間、確信に変わる。

観測だけでは説明できない。

世界は、書き換えられている。

「……干渉者がいる」

観測者でいる限り、この現象には触れられない。

ただ見るだけでは、何も分からない。

「なら――」

飯田は静かに立ち上がった。

「俺も、触るしかない」

観測室の奥。封印されていた装置へ向かう。

時間干渉装置。

――観測者は、干渉しない。

それがルールだった。

だが今、そのルールは破られている。

「先にやったのは、向こうだ」

装置を起動する。

音もなく、光もなく、ただ世界が歪む。

そして――

次に目を開けたとき。

そこは、冬の街だった。

煤けた空気。人々の顔には疲労と、それでも消えない意志。

昭和二十年代。

飯田は周囲を見渡す。

「この場所……間違いない」

祖父と祖母が出会うはずだった角。

――だが、その前に。

視界の端で、人影が動いた。

祖父の肩をつかみ、別の道へ誘導する男。

少し遅れて、祖母には別の男が声をかける。

偶然が、わずかに歪められる。

それだけで――未来は消える。

運命なんて、脆いものだ。祖父と祖母は、出会わなかった。

すれ違いすらしなかった。

(これで、俺は生まれなくなった)

飯田の脳裏に、一つの帰結が浮かぶ。

「干渉は、すでに起きている」

視線を巡らせる。

人の流れの中に、わずかな違和感。

動きが、ほんの少しだけ不自然な男。

「……いたな」

飯田は一歩踏み出す。

そのとき、男がこちらを振り返った。

視線がぶつかる。

一瞬で理解する。

――こいつだ。

「お前がやったのか」

飯田の声は低く、迷いがない。

男はわずかに笑った。

「だったら?」

否定しない。

それだけで十分だった。

飯田はさらに距離を詰める。

「一人消えた。」

男は肩をすくめる。

「一人じゃない。世界ごと変わった。」

「戻す気はないのか」

「ない」

即答だった。

沈黙が落ちる。

価値観が、根本から違う。

そのとき。

空気が、わずかに歪んだ。

「……なんだ?」

飯田が空を見上げる。

男も視線を上げる。

空が――揺らいだ。

ほんの一瞬。

だが確かに、“別の何か”が重なった。

「今の、見えたか」

「ああ」

二人は同時に答える。

周囲の音が、わずかにズレる。

人の動きが、ほんの少し遅れる。

世界が、噛み合っていない。

「分岐が、干渉している……?」

飯田が呟く。

男は小さく笑う。

「やっと実感したか」

だが、その声にもわずかな緊張が混じっていた。

「……安定してないな」

男が言う。

飯田は無言で頷く。

そして、ゆっくりと男を見据えた。

「……なるほどな」

一歩、近づく。

「お前、もう“つながってない”」

男が眉をひそめる。

「は?」

飯田は淡々と続ける。

「この世界の過去に、お前の痕跡がない。系譜にも、記録にも、因果にも存在しない」

「……」

「つまり――お前は、この世界の結果として生まれていない」

短い沈黙。

その意味が、確実に伝わる。

飯田は言い切った。

「お前はもう、この世界に存在しない人間だ」

男は黙ったまま、空を見上げる。

そして、ふっと笑う。

「いいじゃないか」

肩をすくめる。

「存在してないのに、いる」

わずかに楽しそうに。

「最高に自由だろ?」

飯田は何も言わない。

ただ、その存在を見つめる。

理論の外側。

だが確実に“存在している異常”。

そして同時に――

この世界の不安定化、その中心。

空が、再び歪んだ。

今度は、はっきりと。

裂け目のように。

一瞬だけ開き、すぐに閉じる。

だが確かにそこに、“別の世界”があった。

二人は同時に、それを見上げる。

世界は、もう一つではない。

そして、それは――

崩れ始めている。

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