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攻略①

 赤黒く変色した通路を、俺は慎重に進んでいく。

 壁面はどくどくと脈打ち、天井からは黒い液体が垂れていた。

 その光景はまるで巨大生物の体内だ。

 初心者向けダンジョンだった頃の面影など、どこにもない。


「気味悪いな……」


 そう呟いた直後だった。

 通路の奥で、ぬるりと何かが動き、俺は咄嗟に立ち止まった。

 そこにいたのは――一匹のスライム。


 しかし、通常のスライムではなかった。

 全身が赤黒く濁り、内部では紫色の光が不規則に点滅している。

 まるでバグそのものがモンスターになったようだった。


「……マヤ。スライムに遭遇した。こいつのステータス、わかるか?」


『解析しました、先輩。情報を――送ります。驚かないで……ください』


 直後、ヘルメットのバイザーにウィンドウが表示される。

 ――――――――――――――――――――

 モンスター名:アーマードスライム

 Lv:9999

 攻撃力:9999

 防御力:10

 素早さ:最速

 潜在性能:雷属性耐性

 ――――――――――――――――――――


「くっそ……化け物じゃねえか――」


 呟いた瞬間ーーぶつりと視界が揺れた。


「――え?」


 気づくと、俺の身体が傾いた。

 理解が一瞬遅れる。

 ――足が切断されていた。


「がっ……ぁぁぁっ!!」


 遅れて痛みが脳へ突き刺さる。

 見えなかった。

 何をされたのかすら理解できない。


 断面から鮮血が噴き出すがその肉体は即座に再生を始めた。

 骨が伸び、肉が盛り上がり、皮膚が覆っていく。

 数秒もしないうちに、俺の足は完全に元通りになった。


 これが俺の唯一のスキル――【無限再生】。

 ダンジョン内にいる限り、俺は不死身だ。

 身に着けている装備も含めて、即座に修復・再生される。


 ……もっとも、痛みだけは普通にある。


 マヤから支給されているこの装備には、痛覚軽減機能が組み込まれている。

 これがなければ、とっくの昔に廃人コースまっしぐらだった。


「っ……!」


 俺は歯を食いしばりながら手をつき、立ち上がろうとする。

 その時、べちゃっと妙な感触が掌に広がった。


「……?」


 ぬるりとした、生暖かい液体。

 恐る恐る視線を向ける。

 そこにあったのは――血まみれになった人間の頭部だった。


「――――っ」


 派手な金髪に見開かれたまま固まった目。

 間違いない。


 トップ配信グループ『金獅子(きんじし)』のリーダー、ウェスターだ。

 かつて配信界を駆け上がっていた男は、見るも無残な姿へ変わり果てていた。


「うわああああああああっっ!!?」


 俺は悲鳴を上げながら尻餅をつく。

 呼吸が乱れ、肺がうまく動かない。

 その時だった。


 ぼこっ。ぼこぼこぼこっ。


「な……!?」


 目の前のスライムが増殖を始めた。

 赤黒い塊が次々と通路から湧き出してくる。

 あの化け物共は、本能的な恐怖を直接脳へ流し込んできていた。


 ヤバい、これはダメだ。まともに戦える相手じゃない。


「――マヤっっ!!撤退だ!!一回戻る!!これは……やばい!!!」


『先輩っっ!? わ、わかりました!! 一度戻ってきてください!!』


 俺は一目散に逃げ出すが、体に衝撃が走る。

 左腕が飛び、腹部が裂ける。

 頭部の一部すら削り飛ばされた。


「がぁぁっっ!!」


 見えない斬撃が絶え間なく襲いかかってくる。

 身体が千切れ、再生し、また切断される。

 地獄だった。

 途中からまともに走れなくなり、俺は最後には、匍匐前進(ほふくぜんしん)で這いずりながら出口を目指した。

 そして何とかダンジョン外へ転がり出る。


「はぁ……っ、はぁ……っ……!」


 俺は全速力でマヤの元へ向かう。


「とりあえず……水……!頼む……!」


 恐怖で全身がガタガタ震えていた。


「先輩、水です!」


 マヤは慌ててミネラルウォーターを差し出す。

 俺はそれを一気に飲み干した。

 冷たい水が喉を通り、少しだけ呼吸が落ち着く。


「……まだ、やれますか?」

「やりたくない……。けど――」


 脳裏に、ウェスターの顔が浮かぶ。

 頭部だけになった、あの姿。


「犠牲者は、増やしたくは……ない」

「私は先輩の『サポート』しかできません。でも――諦めるつもりはありません」

「……」


 俺は深呼吸を繰り返した。割に合わない。

 完全にクソゲーだ。

 だが――俺にしかできない。

 そう思うことで、無理やり頭を切り替える。


「マヤ。攻略方法は……あるか?」

「ええ、見つけました」


 マヤの声色が変わった。


「確かにあのスライムは脅威です。でも先輩、ステータスを見たでしょう? 防御力は『10』。つまり、超攻撃特化の紙耐久です」

「つまり、弱い攻撃でも当てれば倒せるってわけか」

「はい。普通の探索者なら攻撃前に死にます。でも、不死身の先輩なら――」

「隙を見つけて攻撃を通せるかもしれないってことか」

「その通りです。そして効率よく攻撃を当てる方法――それが『手榴弾(しゅりゅうだん)』と『地雷』です」

「なるほどね。爆発させながら罠を撒くわけか」

「はい!というわけで先輩には死にながら爆弾を投げて地雷を設置してもらいます!」

「言い方ぁ!!」


 マヤは車のトランクから新たなスーツケースを取り出した。

 中には球状のデバイスが大量に詰め込まれている。

 俺はそれをすべてポーチへ放り込んだ。


「一層以降のルート解析は?」


「先輩が侵入時に放ったナノデバイスマシンが現在も解析中です。とりあえずスライム地帯を抜けた先に“落とし穴”があります。そこから第五層へショートカット可能です」


「了解!じゃあ――行くか!」


 俺は再びダンジョンへ突入した。

 通路の奥には赤黒いスライムの群れが蠢いている。


 俺は叫ぶ。


「先手必勝―――!!」


 全力疾走とともに手榴弾を投擲。

 轟音と爆炎でスライムがまとめて吹き飛ぶ。


 だが次の瞬間、斬撃が飛来した。

 右肩が消し飛び、腹部が裂ける。

 それでも俺は止まらない。


 俺は地雷用デバイスを床へばら撒いた。

 球体が自動展開し、次々と地面へ固定される。


 直後、復活したスライムが地雷を踏み抜いた。


 ドゴォォォンッ!!


 連続爆発によって炎と衝撃波が通路を埋め尽くす。


『その調子です先輩!手榴弾と地雷の二段構え!これで復活までにかなりのラグが生まれますーー!』


 俺は全力で駆け抜ける。

 脚が悲鳴を上げる。

 ーーだが止まれない。


「『落とし穴』はどこだ!?マヤ!!」

『あと三十メートル先です!そのまま真っ直ぐ!!』

 

 背後でスライムが続々と復活してくる。

 カンストした攻撃力の斬撃が飛来。


「ぐぁぁっ!!」


 身体が裂けるが、それでも前へ。

 そして――見えた。


『そこです先輩!!』

「うおおおおおおおお!!」


 俺は野球選手のように豪快なスライディングを決めた。

 頭上を斬撃が掠める。

 そのまま床の穴へ飛び込み――俺の身体は第五層へと落下していった。

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