攻略②
「いっってええええええっ!!」
盛大に尻餅をつきながら、俺は第五層へと叩き落とされた。
全身を走る激痛に顔を歪める。
だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
辺りを見渡した俺は、思わず息を呑む。
「……なんだ、ありゃ」
第五層の巨大な空洞空間を悠然と飛翔する一体の怪物がそこにいた。
巨大な翼に鋭く湾曲した鉤爪。
獲物を引き裂くためだけに存在するような嘴。
ダンジョン攻略動画で何度も見たことがある。
中ボスクラスとして頻繁に登場する飛行モンスター。
ただし――今目の前にいるモンスターはサイズがおかしい。
翼を広げれば10メートルは軽く超えるだろう。
一度羽ばたくたびに暴風が吹き荒れ、周囲の岩壁を震わせていた。
「マヤ!! こいつは!? 攻略法はあるのか!?」
直後、怪鳥が羽ばたいた。
ドォンッ!!
凄まじい轟音がなる。
「ぐっ!?」
風圧だけで身体が吹き飛ばされそうになる。肌がビリビリと痛む。
まるで暴風雨の中心に放り込まれたようだった。
『先輩。このモンスターは【ビースト・バード】!文字通り獣のような獰猛な鳥です! 残念ですが、勝ち目はありません!!すべてのステータスが9999ですっ!』
「じゃあどうすんだよ!!」
『バグ技を使います!!この層特有の壁抜けグリッチです!隈なく解析して見つけました!』
「よーわからんが、了解した!どうすればいい?」
『今いる先輩の位置から、左で754歩、まっすぐに387歩、最後に右に56歩!! そこにある壁にダイブです!!!』
「無理無理無理!!こんな状況下で数えられるわけ――」
言い終わる前にビースト・バードが急降下してきた。
巨大な爪が振り下ろされる。俺は反射的に横へ転がった。
だが――
ザシュッ。
「あ……?」
視界の端で何かが回転する。
それが自分の右腕だと理解するまで、数秒ほどかかった。
爪先がかすっただけなのに右腕が吹き飛んでいた。
「ぎゃああああああああっ!!」
激痛が脳天を貫く。
数を数える余裕などあるはずがない。
『ヘルメット内蔵の万歩計アプリを起動しました!あとはポーチに黄色い球が入っているでしょう!? それを取り出して!』
「あ……ああ!!」
気づけばヘルメットモニターに歩数アプリが表示されていた。
残り歩数までリアルタイムで表示されている。
マヤが送信してくれたのだろう。
俺は左手だけでポーチを探り、黄色い球体を掴み取った。
そして空中へ放り投げる。
次の瞬間――
ぴかぁぁぁぁぁぁぁっ!!
まばゆい白い閃光が第五層を包み込んだ。
ギャアアアアアアアアッ!!
ビースト・バードが悲鳴を上げる。
巨大な身体がのけ反り、空中で大きくバランスを崩した。
「閃光弾か!!」
『今です先輩!!』
俺は転がるように進む。
ヘルメットに表示された歩数を頼りに、閃光弾を次々と投げながら突き進む。
途中で足を抉り取られても、俺は地面に手をつきながら前進した。
歩数だけは間違えない。それだけを意識する。
『残り20歩!!』
『あと10歩!!』
そして――
『到着です!!』
目の前には鉱石が大量に埋め込まれた岩壁。どう見ても堅そうだ。
「めちゃくちゃ堅そうなんだが……本当に大丈夫!?」
『はい!!いいから早く!!』
「ええい、ままよ!!」
背後で再び怪鳥が羽ばたく。轟音と暴風。
それが俺へ直撃する寸前――
俺は全力で壁へ飛び込んだ。
「うおおおおおおおおおっ!!」
そして、身体が壁を――すり抜けた。
「は?」
次の瞬間、足場が消える。
俺はそのまま真下へ落下した。
「うわああああああああああああああああっ!!」
ドゴォォォンッ!!
盛大な音とともに俺は地面へ激突した。
「げほっ……!」
なんとか顔を上げるとそこは広大な空間だった。どうやら第十層。
しかも――ボス部屋らしい。
部屋の最奥には眩い輝きを放つ巨大な魔石が鎮座していた。
ダンジョンの核であり、俺たちの目的。
だが、それを守護するように、一体の巨人が立ちはだかっていた。
岩石で構成されたゆうに3メートルは超える巨大な身体。
胸部には音符のような紋様が刻まれている。
「今度はゴーレムか……。でもここを抜ければ魔石だ!!」
『【サウンド・ゴーレム】。ダンジョンボスですね。ドレミファソラシドの音階ごとに様々な攻撃パターンを繰り出すモンスターです』
「ちなみに戦って勝てる?」
『無理です』
マヤは即答した。
「そっか……」
俺は魔石を見る。
そしてポーチの中のUSBメモリを握り締めた。
「でも――魔石にUSBをぶっ刺せさえすればいいんだ」
数秒の沈黙の後、マヤが声を上げた。
『先輩、5分』
「ん?」
『5分だけ耐えられますか、先輩?それまでに、私が攻撃パターンをすべて解析します』
「わかった」
俺は立ち上がる。
吹き飛んだ腕も抉れた足も悲鳴を上げている。
だが、俺は決意を固める。
「痛いだろうけど、頑張る」
車内でノートパソコンのキーボードから手を放し、大和摩耶は静かに目を閉じた。
大きく息を吸って吐く。
次の瞬間、彼女の瞳が青く輝いた。
『では、始めてください。先輩』
その言葉と同時に、サウンド・ゴーレムの胸部が発光する。
――ボス戦が始まった。
マヤの声が変わった。
いつものどこか軽快な口調ではない。
感情の揺らぎを一切感じさせない、無機質な音声。
俺はすぐに理解した。
――マヤのスイッチが入った。
こうなった大和摩耶は別人だ。
世界中のセキュリティ企業が喉から手が出るほど欲しがる、天才ホワイトハッカー。
ありとあらゆる事象を解析し、最適解を導き出す怪物。
どういう脳内CPU処理をしているのか俺にはさっぱりわからない。
ただ1つだけ確かなことがある。
今のマヤは誰よりも頼りになる。
それだけだ。
俺は5分間、サウンド・ゴーレムと戦い続けた。
「ぐっ……!」
衝撃波が飛ぶ。
避け損ねるたびに身体が吹き飛ばされた。
それでも何度も立ち上がる。
ついでに魔石への接近も試みたが、無理だった。
攻撃パターンを読み切れない状態では、必ずどこかで攻撃を受ける。
あと数メートルというところで弾き飛ばされる。
「くそ……!!」
地面を転がりながら俺は悪態をつく。
その時だった。ヘルメットから電子音が鳴る。
『先輩、解析完了。これより5分以内に任務を完了させます』
「来たか……!」
モニターに新しいウィンドウが展開された。
そこには複雑な線が表示されている。
魔石まで続く1本のルート。
そして足を置く位置まで細かく指定されていた。
『このルートに沿いながら攻撃を回避してください。もうあのゴーレムの動きは見切りました』
「わかった――!頼りにしてるぞ!」
ゴォォォンッ!!
サウンド・ゴーレムの胸部が発光すると同時に。
ド――。
低く重い音が空間へ響いた。
巨大な腕が振り上げられる。
『【ド】の音。この腕の振り上げ方はパターン2。先輩、半歩後ろへ』
「あ……ああ」
俺は言われた通り半歩だけ下がった。
次の瞬間。
ブォンッ!!
目前を巨大な拳が鼻先数センチほど前を通過する。
「うおっ!?」
『次、右へ2歩』
従って動いた直後、衝撃波が左側を通過した。
『前進3歩のあと、しゃがんで』
『そのあと左へ1歩移動』
俺はひたすら指示に従った。
マヤにはまるで未来が見えているかのようだった。
サウンド・ゴーレムの攻撃が一発も当たらない。
拳も、衝撃波も、音階攻撃も。
すべて紙一重で回避していく。
「すげぇ……」
『感想は後で。前進』
「はいはい!」
俺は駆ける。最短ルートを。
そして――5分後。
俺はついに魔石の目前へ到達した。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をする。
巨大な魔石が目の前にある。
『先輩、早くUSBを接触させてください。後方よりゴーレム接近』
「わかったって! ちょっとくらい休憩させてくれ!!」
文句を言いながらも、俺は慌ててポーチを探る。
取り出したUSBメモリ。
それを魔石へ押し当てた。
次の瞬間――
ゴォォォォォォォォォッ!!
魔石から眩い光が放たれた。
「うおっ!?」
思わず目を覆う。
ヘルメットモニターには新しい文字列が表示されていた。
【修正プログラム起動完了】
そして、変化はすぐに始まった。
狂ったように満ちていた魔力が落ち着いていく。
壁面を覆っていた異常な発光が消え、空気は変わった。
ダンジョン全体が正常な状態へ戻っていくのが肌でわかった。
『修正処理を確認。全システム正常化中』
マヤの声が聞こえる。どこか安心したような声だった。
俺はその場へ座り込んだ。
「終わった……のか?」
『はい。任務完了です、先輩』
その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。
疲労が一気に押し寄せてくる。それでも、俺は笑った。
「はは……。なんとか、なったな」
こうして俺たちは【スギナミダンジョン】を無事修復したのだった。




