偵察へ
清一との面会を終え、神殿からの帰り道、杏那は思い切ってレオを誘う。
「レオ様、この後もしよろしければ一緒に街へお出かけしませんか?」
杏那は街でお茶に誘い、レオの話を色々聞きたいと思っている。
「杏那は本当に熱心だね。確かに城下の街中なら何か魔族絡みの情報が掴めるかもしれない。」
「あ、えぇ、レオ様のあの時のことも聞きたいですし…。」
「そうだね。ただ、今日は行くところがあってね。少し北方の様子を探ってくるよ。あの水晶がどうなったのかも確認する必要があるからね。」
「それは危険ではありませんか!?」
杏那の脳裏に浮かんだのは、レオと初めて出会った時のレオの姿だった。レオを浄化したときの感覚と奇行に及んだ学園の令嬢たちの解術をした時の感覚が同じだったことから、毒気を放つあのような状態にまで追い込んだ呪いの根源も魔王の力であると予想していた。その魔王を封じた水晶を持ち去ったのは北方に潜む魔族の者たち。そこに一人偵察に行くのは神獣のレオであっても危険なはずだ。杏那はレオを心の底から心配している。
「無茶はしないよ。それに杏那がくれたヒントのおかげであの時の原因にはおおよそ察しはついているから、同じ失敗はしないよう十分気を付けて行ってくるよ。北の辺境には仲間もいるからね。その内、杏那も会うだろう。」
レオなら確かに何かあってもうまく立ち回るだろう。人間の杏那たちが同行すれば逆に足手纏いになるかもしれない。しかし相手は魔王の魂を取り戻した魔族だ。杏那は心配を拭いきれない。
(レオ様はきっとお一人でもなんとかしてしまう。でもこのままお一人で行かせるなんてできない。それに頼れる存在がいるに越したことはないわ。)
「レオ様。レオ様ならきっとお一人で解決してしまわれるでしょう。私が同行すれば逆に足手纏いになるかもしれません。でも理世さんなら諜報のプロです。それにレオ様もご存じの通り、北の辺境は理世さんの本家が治めています。理世さんが同行すれば何かお役に立てるかもしれません。レオ様も私たちのことを頼ってください。」
必死に訴える杏那にレオは少し驚いた。
「杏那、そんなに心配してくれていたのか。確かに、理世嬢がいれば得やすい情報もあるだろう。分かった。帰ったら皆に話そう。」
レオに聞き入れてもらえたことで杏那の表情は和らいだ。
そうこうしているうちに二人を乗せた馬車は神城家の屋敷に到着する。神城家の広大な敷地内にある杏那用の別邸には豪、理世、廉が待っていた。早速、北方の偵察の件を話すと理世から思いがけない返事が返ってきた。
「私たちも北方の偵察は必要と思い準備をしておりました。」
なんと理世たちもこの展開を想定し準備していたというのだ。理世が説明を続ける。
「松崎の本家、武葉が治める辺境の地、私がいれば何かとお役に立てるでしょう。レオ様、喜んで同行させていただきますわ。昨晩の内に秘密のルートで武葉家には一報を入れております。午後には辺境付近に迎えの馬車を寄越してくれるでしょう。神獣様のお姿なら瞬く間に移動できるところ心苦しいですが、今回は武葉の正式なお客様としてお迎えさせてくださいませ。その方が何かと好都合ですから。」
「理世嬢、流石の段取り、感謝する。しかし辺境付近まで車でも一日かかるだろう。今すぐに出てもだいぶ馬車を待たせてしまうのではないか?」
「ご安心くださいませ。私たち松崎はスパイの一族。極秘の移動ルートがございます。そのルートならここから辺境の馬車の待ち合わせ場所までおよそ1時間で着きますの。レオ様には特別にそのルートでご案内させていただきますわ。」
理世はそう言うと誇らしげに自信に満ちた笑顔を見せた。
「それは素晴らしい。ではお願いするとしよう。」
理世の段取りの良さに“流石は諜報のプロ”と改めて感心する一同であった。
そして理世が杏那と廉に向き直る。
「廉様、私とレオ様が留守の間、杏那様をお願いいたしますわ。あと先ほど豪様ともお話していたのですが、レオ様と私は北方の偵察に、豪様は月城家のご当主様にご報告に上がらねばならないとのこと、城下の街中での情報収集まで手が回らないのです。この点をいかがしたものかと…。」
理世はあからさまに困ったような視線を二人に向けている。その後ろで豪も腕を組み、右手で顎のあたりを擦りながら“困りましたな”とわざとらしく相槌を打っている。
「それなら僕が杏那と城下に行って調査してきます。杏那、いいかな?杏那のことは必ず僕が守るから。」
杏那は廉からまっすぐに瞳を見つめられ“守る”と言われたことに思考が追い付いていない。ただただ廉を見つめ、心臓が段々と激しく鼓動を打っている。そして何だか顔が熱い。杏那はなんとか声を絞り出す。
「…はい。」
すると理世が満面の笑みで話を纏める。
「ではこれで決まりですわね。杏那様、廉様、情報収集よろしくお願いいたしますね。では杏那様、街へお出かけのためにお着替えをいたしましょう。私とレオ様はその後に出発すれば十分に間に合いますので。」
「えっ、理世さん、着替えって…。このままで良いかと。」
杏那は今朝、神殿で祈りを捧げるため、白を基調とした清楚なワンピースを着ていた。
「いえ、だめです。周囲を油断させるためにもお二人はただただデートを楽しんでいるように見せる必要がありますので!さぁ、参りましょう。」
杏那は半ば強引に理世に手を引かれる。杏那は咄嗟に廉に声をかける。
「廉様、少しだけお待ちいただけますでしょうか?」
「あ、うん。」
ここへきてようやく理世の策略に気づき、若干呆気にとられつつ杏那を見送る廉であった。
(純粋に情報収集させようってことじゃなかったのか。僕と杏那を二人にしようとしてくれていたのだな。理世さんには感謝しないと…。)




