記憶の修正②~香久耶の記憶~
杏那たちが続いて向かうのは香久耶の部屋だ。真利耶の時同様、部屋にはすぐに入れてもらえた。杏那が声をかける。
「香久耶様、失礼いたします。」
香久耶は椅子に座って自分の右の手の平を見つめている。
「手が痛むのですか?」
杏那が尋ねるが、香久耶には聞こえていないかのようだ。杏那は続けて告げる。
「香久耶様、今から貴方の記憶を書き換えます。魔王を呼び起こした記憶、第二王女殿下とお茶会の招待客を危険に晒した記憶、水宮様を巻き込み傷つけようとした記憶、これらを書き換えさせていただくこととなりました。これらの記憶を書き換えることにより、魔王を呼び起こすという重罪を貴女の罪として問うことはできなくなります。得体の知れない魔法陣を所持していたという事実および記憶は残りますので、後日、国王陛下より何等かのお叱りはあるかもしれません。ですが、国王陛下も記憶の書き換えを強く望んでおられました。」
杏那が説明をすると、香久耶はゆっくりと杏那たちの方を見る。
「お父様が…?」
香久耶は思ったのだった。
“こんな事態を引き起こしてしまったのに、こんなにも多くの人に迷惑をかけてしまったのに、お父様は私を見捨てないでいてくださった。こんなにも不出来な娘なのに。”と。
香久耶は死罪を覚悟していたが、国王の愛情を感じ、また自身の不甲斐なさを思い、その薄茶色の瞳からは後悔と反省の涙が溢れた。香久耶は自身の指で涙を拭うと杏那たちに向き直る。
「この度はご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。謝って許されることではありませんが、せめて言わせてください。そして記憶を書き換えるとおっしゃいましたね。国王陛下の仰せの通りによろしくお願いいたします。」
そういって深く頭を下げた。第一王女である香久耶が他人に謝罪し頭を下げるなど生まれて初めてのことだろう。香久耶は聡明で他人に謝らなければならないようなことは元々しない姫だったからだ。
杏那たちは香久耶にベッドに横になってもらい、術をかける準備をする。そして真利耶のときと同じように、豪がサポートし、廉が記憶を操る術をかける。
廉が右手人差し指にはめられた指輪の深紅の宝玉部分を軽く擦ると宝玉は深紅の鮮やかな光を放ち始める。少し大きめの深紅のボールチェーンのような鎖が香久耶をゆったり包む。
「時の神よ、見るべき記憶へ導き給え。」
この一連の騒動に関する香久耶の記憶は長い。それを丁寧に確認し書き換えていく。北方の商人と会った事実は変えず、魔王に関する記憶を少しぼかしながら消していく。
―魔法陣に導かれ地下へ向かうが、地下には危険なガスが充満しており、すぐに意識を失い倒れてしまった。無理に付いて来た真利耶も同じく倒れている。しかしすぐに茶会で増員されていた護衛により発見され救助された。幸い吸い込んだ量が少なく、すぐに目を覚ます。事態を公にしないためにも茶会は何事もなかったかのように速やかに閉会の挨拶をして、療養のため自室に戻ってきた。―
香久耶の記憶からは魔王を呼び起こした記憶も魔王として手下の魔族の者たちと会話をしたことも、地下で龍也を襲おうとしたことも取り除かれたのだった。
廉による記憶の修正が終わると、鮮やかな深紅の光は香久耶に吸収された。
「廉様、お疲れ様でした。あとは私が。」
杏那は廉を労うと香久耶の右手に触れ、手の平を見る。国王の部屋で見た通り、魔法陣の跡が残っている。杏那は懐紙を取り出し、魔法陣の跡に重ねる。懐紙とその下にある魔法陣を見据え、両手を口の前で組み祈りを捧げる。杏那の瞳は陽だまりのような金色に、髪は紫がかった銀色に輝き優しく温かな陽光のような光を纏う。
「太陽の女神よ、天の光よ、闇を照らすは神の愛。闇に引き込む印を照らし、闇の力を引き込み給え。乙女の手から消し去り給え。」
懐紙が黄金色に輝き一瞬強い光を放つと元の懐紙に戻る。杏那がそっと懐紙を手に取り、香久耶の右手を確認する。
「良かった。綺麗に跡が消えたわ。」
香久耶の右の手の平からは魔法陣の跡がすっかり消えていた。そして重ねていた懐紙の表面にその跡が移っている。魔法陣は杏那の懐紙に引き込まれ封じられたのだった。杏那は魔法陣を内側にして懐紙を折り懐にしまった。香久耶は術の影響で眠っているが、その表情は穏やかだ。
「これで香久耶様も無事完了ね。水宮様のところに向かいましょう。」




