魔王の魂
香久耶の首筋に魔王のシンボルとされていた小さな魔法陣が浮かび上がっていることに気づいた杏那は、香久耶に気づかれないようにそっと自身の左手をその魔法陣にかざし小声で唱える。
「Void―ボイド―」
ボイドとは魔法陣を無効化するための最速の祈りの技だ。魔法陣が一瞬陽光のような黄金色に光るとその効果は即座に現れ、香久耶の身体から勢いよく黒い靄が吹き出し、香久耶の後方に黒く集まっていく。徐々に一人の男の影となると、現れたのは青白くくすんだ肌に黒く長いざんばら髪、黒いマントを付けた魔王の姿。魔王の魂が見せている本来の魔王の幻影だ。
「小娘!その力、まさか!?」
魔王は太陽の乙女の力に反応し、思わず香久耶の身体から出てしまったのだった。香久耶の首筋の小さな魔法陣は跡形もなく消え、香久耶は本来の意識を取り戻したが周囲の状況が飲み込めないらしく、龍也や真利耶の姿を見ておろおろしている。
「理世さん、香久耶様をお願いします。」
「お任せください。」
杏那が魔王に向き合おうとすると、レオが杏那の前に割り込み口を挟んだ。
「久しぶりだな、魔王。元気だったか?元気も何もないか。封じられていたのだからな。それにその様子。身体はどうした?解放されたのは魂だけのようだな。」
急なレオの登場と更には痛いところをつかれて魔王は明らかに動揺している。
「お、お前がいるということはやはり…!?」
「お前の動きにこの国の神が気づかないとでも思ったのか?お前を封じた太陽の女神様であるぞ。それに、人の身体を借りるとは、力もまだまだ足りないのだろう。今大人しく引けば多少は減刑してもらえるよう取り計らってやらぬこともないが、どうする?」
(レオ様、魔王と会話をしながらヒントをくださるのね。魔王の力は万全じゃない。今の内にあの水晶に戻さなくちゃ!このまま放たれてしまえば、どれだけの犠牲が出るか分からないわ!)
レオは魔王に気づかれないように、杏那に合図を送る。杏那は小さく頷き、両手を口の前で組み、祈りの準備を整える。
「この私がそんな取引に応じるわけがないだろう!身体はすぐに取り戻す。」
魔王はそういって魂だけで逃げようとするが、瞬時にレオが白虎の姿となり、魔王の魂に食らいつき、動きを止める。杏那は魔王の魂を見据えてすぐに祈りを捧げ始めた。
「太陽の女神よ、天の光よ、闇を照らすは神の愛。この地を乱す魔王を水晶に封じます。」
魔王の魂と白虎姿のレオ、杏那、そして背後にある水晶を囲むように風と光の盾が現れる。杏那の瞳が陽だまりのような金色に輝き黒髪は紫がかった銀髪になって光を放ち、部屋には陽だまりのような温かさと眩い光が満ちていく。杏那の手から光のチェーンが伸び、瞬時に魔王の魂に到達すると雁字搦めに捕える。
「うわぁぁぁぁ!やめてくれ!」
魔王は叫んでいるが、魂だけでは目立った抵抗もできない。不完全な魔王の魔力は杏那が放つ太陽神の力にかき消される。杏那はチェーンをそっと引き、レオから引き離すと、背後にある水晶へと魔王の魂を収める。
「魔王、罪なき者を巻き込んだ罪は重いのです。水晶の中で反省なさい。真の痛みに気づくまで、貴方の力と魂を封じます。」
祈りを捧げる杏那の声はとても美しく温かみがあるが、その中に芯の強さを感じさせる。杏那の瞳が一際強く金色に輝き、周囲の光も増す。そして水晶も煌めき魔王の魂を受け入れる。魔王の魂らしき黒い靄は陽だまりのような黄金色の光に包まれ水晶に封じられた。魔王が水晶に封印されたのを確認して、杏那が光を収める。
すると次の瞬間、豪のタイムホールドも時間切れとなりちょうど目を覚ましてしまった魔王の手下たちが水晶の入ったガラスケースに駆け寄ると勢いよくそのガラスケースを割り、魔王が封じられた水晶玉を手にとった。豪やレオが止めようと動くが一足遅い。魔王の手下は三人それぞれ魔法陣を展開し、空間移動をして忽然と姿を消したのだった。
レオは白虎の姿で消えた三人を追い、王宮敷地内の人気のない茂みに五人の黒いローブにフードを被った一行を見つける。魔王の手下たちの方もレオに気づいたようだ。しかし少し距離がある所為か余裕の表情を浮かべている。むしろどこか勝ち誇ったようにさえ見える。
「魔王様さえこちらに戻れば今回は十分だ!次は覚悟しろ!」
そう言うと魔王の手下五人は大きな魔法陣を地面に展開し、魔王を封じた水晶共々姿を消した。レオは彼らが消えた場所を調べるが、人が踏み入った痕跡があるだけで、どこに向かったかなどの手がかりは残されていなかった。
「まぁ良い。おおよそ予想はついている。」
レオは独り呟くと、杏那たちを残してきた王宮の地下へと急いだ。




