魔王の印
廉は男たちを気にしながらも、そっと杏那の手を取り、立ち上がるのを支えた。廉は杏那を庇うように男たちと杏那の間に立って剣を構える。騒ぎのおかげで龍也も気が付いたようだ。
『なんだ邪魔者か。お前たちさっさと邪魔者を始末しろ。あまり時間はないぞ。』
魔王が手下に命令すると、手下が魔法を発動しようとする。
「相手は魔族だ!気を付けて!」
様子を窺っていた龍也が咄嗟に杏那たちに呼びかける。
「あの魔法陣の中で力を遣えば君たちも無傷ではいられないぞ!」
龍也の服が裂けている理由はこれで察しがついたが、杏那と廉の前には魔族だという魔王の手下が三人。その奥には魔王に意識を乗っ取られている香久耶。そして陰に控えているのが豪と理世。レオは魔王の後方天井部分から様子を窺っている。
(香久耶様は私に用事があると言っていたけど、さっきの言葉から考えると水宮様と私の婚約話を信じてその嫉妬を私に向けている。それで私を消そうとしている…。魔王は私が太陽神の力を受け継ぐ者だとは気づいていない様子だわ。魔王は少女の願いをただ叶えるなんてしないはず。何を代償にするつもり?どこまで企んでいるの?情報不足だわ。もう少し探らなくちゃ。)
杏那は廉の陰から一歩前に出て香久耶と向き合う。
「あなた方の目的はなんですか?私に何の用事があってここに連れてきたのですか?」
『この状況に怯えず質問とはいい度胸だ。教えてやろう。この女がお前に嫉妬している。だからお前を無惨に消し去り、あの檻の中の男をこの女のものにする。それだけだ。』
「何を代償に?そんなことをしてもあなた方には何のメリットもないのでは?」
『お前には関係ない。』
(魔族は自身の欲望に忠実な種族だと聞いたことがあるわ。魔王の目的は力の回復、人の生気を吸って回復するなら、望みを叶えた後、香久耶様の生気を吸い取るつもりかしら…。もしくはそのまま香久耶様を操ってこの国を乗っ取る?いずれにしても今ここで止めるしかないわね。)
杏那が考えていると、魔王が香久耶に指示を出し始めた。
『こんな女取るに足りん。さっさとあの男を殺してお前だけのものにしろ。お前が殺せば、あの男は永遠にお前だけのものだ。』
「なんてことを!」
杏那は驚愕し思わず声を上げた。龍也も檻の中で身構えている。香久耶は薄茶色の虚ろな瞳に変わると、ローブの下から短剣を取り出し、龍也の方に近寄ろうとする。
「理世さん!皆、お願い!」
杏那の合図で理世は香久耶を後ろから捕え、短剣を蹴り飛ばす。相手の身体はあくまで第一王女。傷つけないように慎重だ。一方、豪は魔族の男三人の時を止め、レオと共にロープで縛り香久耶から距離を取らせる。香久耶は抵抗し、必死に短剣を取ろうとしている。杏那はそんな香久耶の手を握り、必死に呼びかける。
「香久耶様、目を覚ましてくださいませ!気高く国民から愛され、国中の女性の手本である貴女が本当に愛する殿方の死を望んでいらっしゃるのですか?愛する人を傷つけることを望んでいらっしゃるのですか?ちゃんと見てください!魔王の所為で貴女の愛する人が傷ついているのです!」
そう言って香久耶を龍也の前に連れていく。この時、杏那は香久耶に近づいてようやくあることに気づいた。遠目には見えなかったが、香久耶の首筋に小さな魔法陣が浮き出ている。
(これは確か魔王の印…。)




