向かった先は
神殿で打ち合わせた日の夜、杏那たちは早速行動に移した。
一行が向かったのは、呪いにかかった令嬢の家々。旅人の装いに変装した杏那と豪が屋敷の少し手前で馬車を降り、屋敷の呼び鈴を鳴らす。家人が出てくると、豪は用意していた台詞を言う。
「夜分遅くに申し訳ありません。旅をしている者なのですが、道に迷ってしまいまして、ご迷惑かとは思いますが道を教えていただけないでしょうか?」
杏那とは分からないが目深にフード被った年若い少女を連れていることで、家人の警戒も和らぎ、親切に家に招き入れてくれる。家に入るとすぐさま豪が左手の中指にはめている指輪の深紅の宝玉部分を少し擦り、小声で呪文を呟き時の神の力を発動する。
「時の神よ、タイムホールド。」
一瞬にして、招き入れてくれた家人もメイドも時計も静止する。豪がこの家の時を止めたのだ。
「お嬢様、長くは止められません。お急ぎください。」
「杏那、こっちだ。」
姿を消して先に入っていたレオが令嬢の閉じ込められている部屋に案内する。
部屋の鍵はレオが家人から拝借しておいてくれた。部屋を開けると、令嬢の時も止まっているかと思いきや、魔力に支配され効いていない。令嬢は鎖に繋がれているものの今にも飛び掛かろうと暴れている。その様子に魔力の強力さを感じ驚く杏那とレオだったが、気を取り直して解術を試みる。杏那は両手を組み、祈りを捧げる。
『太陽の女神よ、天の光よ、闇を照らすは神の愛。今ここに罪なき乙女を開放します。乙女を惑わす悪しきものよ立ち去りなさい。』
祈りと共に杏那の瞳は陽だまりのような金色の輝きを帯び、黒髪は紫がかった銀髪になって光を放つ。
すると令嬢から黒い靄が浮かび上がり、“気に食わない”とでも言いたげに黒い塊となって杏那の方に飛び掛かろうとする。しかし杏那に到達する前に、杏那の放つ眩しく温かな光によって消滅するのだった。令嬢からは悪しき気配が消え、床に倒れて気を失っている。
杏那は令嬢にそっと触れ、無事を確かめる。
「もう悪い気配はありません。レオ様、行きましょう。」
杏那とレオは素早く豪と合流し、三人は家の外へと出る。
「爺や、お願い。」
杏那が合図をすると豪が再び時の神の力を発動する。
「時の神よ、記憶を正し、時を進め給え。」
豪の指輪がきらりと光ると、杏那たちの目の前の家はわずかに一瞬深紅に光りすぐに元に戻った。豪がその家の全ての記憶から杏那たちの今宵の訪問の記憶を消し、止めていた時間を進めたのだった。杏那たちは馬車へ戻ると、次の令嬢の家へと向かった。
こうして一晩の内に重篤な症状の出ていた令嬢たちは元に戻された。多数の呪いが解かれたことで呪いの根源となっている魔力が弱まったのか、軽い症状だった令嬢たちからは杏那の解術がなくても、呪いの気配が消えたのだった。
本来は呪いの根源を絶ってしまえば、一人一人解術せずとも一度に呪いの影響を消滅できるはずである。しかし、影響が長引けば命が危ないという状況を杏那は放っておけなかった。それで、重篤な症状がある令嬢だけでも先に解術しようということになったのだった。解術されることにより魔王の力を削ぐことができるかもしれないという見方もあり、レオも了承したのだった。
帰りの馬車に揺られながら、レオが懸念を口にする。
「解術したことはおそらく魔王も分かっただろう。明日以降、更なる動きがあるかもしれない。学園でも十分気を付けてくれ。」
魔王は相当な魔力の使い手。自分の術が破られたことぐらいは見ていなくても感覚で感じとれるというのだ。自分の術を破られたとなれば、プライドも傷つくだろうし、これだけ一度に解術されれば、誰が解いたのかも気になるだろうという。
レオの忠告を聞きながら、杏那は解術した時のことを考えていた。




