隠された部屋へ
廉は理世の言葉に引っかかりながらも、すぐそばに杏那がいるため質問を慎んだ。
「理世さんがこんなにもお強いとは存じ上げておりませんでした。今日は貴重な手合わせ、ありがとうございました。精進いたします。」
廉は礼儀正しく手合わせのお礼を伝えた。
三人が一階応接室に戻ってくると、杏那が声をかける。
「理世さんも廉様もお稽古お疲れ様でした。お二人とも見事な剣術でしたわ。理世さんの剣の速さについていけるなんて、廉様もすごいですわ。」
杏那に褒められ廉が照れていると、理世が返事をする。
「杏那様、お褒めに預かり光栄ですわ!それに廉様もすごいのですよ。どんな速さで出した剣もしっかり捉えて打ち返されましたわ。さすが剣士様ですわね。」
そんな会話をしていると、レオが帰ってきた。レオが見てきた様子を聞いて和気藹々としていた空気は一変するのだった。
学園で女生徒の欠席が増加する数日前、王宮の地下深い暗闇の中に一人の若い女の姿があった。時は深夜零時を過ぎ、王室の者も寝静まっている。周囲には警備員もいない。この場所は長年閉ざされ、近づく者もおらず、この空間の存在さえ知る者はほとんどいないからだ。知っているのは国王くらいだろうか。そんな場所に若い女が一人、薄水色のシンプルなロングドレスに黒のローブを纏い闇に溶け込んでいる。
第一王女の香久耶だ。香久耶の手には部屋で見つめていた一枚の紙が握られている。
香久耶が地下通路を歩いていくと壁に突き当たった。持っていた紙片を壁に押し当て、紙片に描かれている円形の図形の上に右手を重ねる。すると紙片はすっと壁に吸い込まれ、次の瞬間ゆっくりと壁が消え、広々とした一つの部屋が現れた。
部屋の奥には台座の上に黒い水晶玉のようなものが置かれ、その周りはガラスケースで囲まれている。ガラスケースには護符のようなものが規則正しく貼られ、何かを守っているか封じていることはすぐに分かった。水晶玉は色が黒いのではなく、透明な中に黒い靄が閉じ込められ、中で動いているように見えた。
香久耶はまっすぐにガラスケースに近づくと、先ほど紙片の図形に重ねた右手をかざす。香久耶の右の手の平には先ほど紙片を押し当てた時に円形の図形が移っていた。その図形から黒い靄のようなものが漂い、ガラスケースを取り囲む。靄は徐々にガラスケースの中に入り込み、黒い水晶玉に纏わりついた。
『私を起こすのは誰だ?』
水晶玉から低く太い男の声が聞こえる。年老いてもなく若くもない重厚で威厳ある声だ。声だけで只者ではないことが分かる。
『お前か、名は何という?』
そんな声にも怯まず香久耶は答える。
「この国の第一王女、香久耶でございます。」
少し間があって男の声が続ける。
『そうか、欲しい男がいると?』
声の主は香久耶の心を読んでいるようだ。
『男の心を乱す女も消したいか…第一王女ともあろうお方が随分と嫉妬深く強欲だな。』
男の声は鼻で笑っている様子だ。しかしそれでも香久耶は怯まず、淡々と静かな声で話をする。
「何をすれば望みを叶えていただけますか?」
少し沈黙が流れる。
『いいだろう。私を呼び起こした礼に叶えてやろう。しかし私のやり方でな。言っておくが私のやり方は容赦がない。後悔しても知らぬぞ。それと、完全復活までお前の身体を借りるとしよう。』
男の声はそう言うと、香久耶の返事も待たずに水晶玉から抜け出す。香久耶が紫色の瞳と目が合ったかと思った次の瞬間、黒い靄は香久耶の瞳に吸い込まれた。
香久耶は何事もなかったかのように静かにその部屋を後にする。香久耶が部屋を出ると部屋を隠していた壁は勝手に元に戻り、水晶玉が置かれていた空間は再びその存在が隠されたのだった。




