想いが呼び起こす覚醒
思いがけない提案に、会議室には驚きと困惑が広がった。一番驚いていた龍也が龍臣に問いかける。
「お爺様、急に何を言い出すのですか!?」
「いや、その、お噂で杏那お嬢様の婚約の話は立ち消えになっていると聞きまして…。それに先日の術を見ていても内の龍也と相性が大変良いようでしたので…あくまで候補としてでも…。」
龍臣の説明は確かに正しい。世間的には廉が杏那を相手にしていないと捉えられているし、龍神の呪いを解く際も杏那と龍也は阿吽の呼吸で相性が良かった。龍神や精霊が見える杏那なら、あらゆる術を扱う水宮家にとってはこれ以上ない好条件の相手だろう。
「お爺様、先日大変お世話になったばかりで何をおっしゃるのですか?杏那さんに失礼ですよ!神城様、申し訳ございません。今の話は聞かなかったことにしていただけませんか?」
龍也は慌てて杏那たちに謝った。杏那はこういう話が苦手だ。それを分かっているレオが対応する。
「お申し出、お気遣いには感謝するが、杏那は知っての通り、この家の使命を背負う者です。次期当主となられる方のところへは嫁げません。どうぞご理解ください。」
レオは珍しく礼儀正しい。基本的に自分より格が上の者や部外者相手にはわきまえているのだろう。しかし、机の下ではしっかり杏那の手を握っていた。そんなやりとりを聞いていた豪が“やはり水宮家の記憶は消した方が良かったか…”と考えていると、突然、豪の隣から“バンッ”と机を叩き、勢いよく椅子から立ち上がる音がする。皆一斉に音の方を振り返る。音の主は廉だ。
『これ以上、杏那を煩わせるなら容赦しない』
普段の廉の清廉で大人しい声とは違う、もっと太くて強い意志のある声で凄む。廉は左手を机につき、人差し指に深紅の宝玉の指輪がはめられた右手は胸の前で握られ、宝玉が龍也の方に向けられている。宝玉は周囲に深紅の光を発し、廉の瞳も宝玉と同じように深紅に光っている。宝玉から出ているのか廉自身から出ているのか分からないが、もの凄い殺気を纏って髪が揺れている。
これはまずいと思った豪がすかさず宥めに入る。
「廉よ、落ち着きなさい。」
そう言って廉の肩に手を置くと、廉の殺気で周りにいた人は気づかないが、豪も力を発動し、廉の暴走を抑える。同族の力なので、力の過不足を補い合うことができるのだ。次第に廉の殺気と深紅の光は落ち着き、廉も我に返った。廉が後ろにいる豪を振り返る。
「あれ、えっと僕は今一体何を…?」
豪は小さく息を吐きだし、“なんて説明しようか、やきもちが暴走したなんてさすがの廉も恥ずかしいだろうし…”と悩んでいると、清一が口を挟んだ。
「これでようやく覚醒したようだな。廉よ、こちらの世界へようこそ。」
廉がきょとんとして、清一を見ると清一が説明する。
「いやぁ、廉がなかなか力に目覚めないのでな、ある方と相談して、龍臣殿に一芝居打ってもらったのだよ。私は神官長の務めもあり、そう頻繁には皆に会えぬし、今日は杏那もいる。良い機会だと思ったのだ。騙すようですまなかったな。廉よ、許しておくれ。」
清一はそういうと愉快そうに笑った。
“ある方”というのは当然レオである。しかし表向きにはレオは杏那の護衛騎士のため、名前は出さないでもらっていた。廉は清一の言葉とたった今自分の身に起きていたことを必死に思い出し理解に努める。すると徐々に状況が飲み込めてくる。
(龍也さんが杏那に手を出そうとしていると思ったら、なんともいえない感情が沸き上がってきて…杏那は渡さないって思ったら急に熱い何かが体中を駆け巡って…あれが時の神の力…。そういえばさっきの声、あれって僕が言ったのか!?)
一方、清一は思った通りの結果が得られ、龍臣にお礼を言っている。
「龍臣殿、龍也殿、気まずい思いをさせてすまなかった。もうこれで十分、恩は返してもらったよ。これからは気軽に神殿にも足を運ぶと良い。」
「お役に立てたようで何よりです、清一殿。」
龍臣は恩人の役に立てて安堵の表情だが、龍也は事前に聞かされていなかったようで唖然としている。廉は自分の力を覚醒させるために、廉自身が杏那への気持ちに気づくように、周囲に仕向けられていたかと思うと腹が立ったが、同時に皆がいる前で思いっきり嫉妬心をむき出しにしたようで、羞恥心に苛まれていた。杏那がどんな表情をしているかも確認できずに突っ立っている。するとそっと豪が廉に小声で呟く。
「今回のことは私も知らなかったが、幸いこれで宝玉の封は解かれた。お前の強すぎるお嬢様への想いに時の神の力が応えたのだ。しかしまだ封が解かれたのみ。任務で術を使うにはお嬢様からの信頼を勝ち取りなさい。」
そう言って豪は静かに廉を椅子に戻した。
大人たちに振り回された若者たちは気の毒だったが、それも含めて清一が場を丸く収めた。そして解散間際には、水宮家から皆にお礼の品々が贈られた。神殿には水宮家の治める土地の美しい水で作られた貴重な酒が納められ、杏那、レオ、理世、豪、廉にもそれぞれお礼の品が贈られた。水宮家はそれでも感謝してもしきれない様子だった。




