水宮家と龍神様①~再会~
杏那のことをやむを得ず見送った理世が急いで神城家へと向かっている頃、廉は水宮家に来ていた。
「龍也さん、お休みの日にすみません。あの、実はお聞きしたいことがあって…。」
「廉くん、こんにちは。立ち話もあれだからどうぞ上がって。」
龍也は廉を応接室に通すと向かい合って座った。龍也は白に近い水色の着物に爽やかな青い羽織を着ている。廉が水宮家に入り浸っている頃からよく見かけた装いだ。二人は龍也の弟子が運んできたお茶を飲むと龍也が話しかける。
「廉くん、急に占術院の研修生を辞めるっていうから驚いたよ。剣士の修行に専念したいんだってね。廉くんは術の才能もあるからこのまま辞めちゃうのはもったいないと思って、説得に行こうと思っていたところだよ。」
そんなふうに廉の才能を褒める龍也の言葉はどうやら廉には届いていないらしく、廉は唐突に質問をする。
「あの、龍也さん、突然押しかけてこんなことを言うのは大変不躾だとは思うのですが、杏那のお見合い相手は龍也さんなんですか?どうして杏那に?」
龍也は思いがけない話題に面食らっている。
「うん?お見合い?誰が?誰と?」
「龍也さん、とぼけないでください!いずれ分かることなんですから。確かに僕は杏那との婚約を蔑ろにしてきたので、今更とやかく言える立場ではないのですが、僕が杏那との婚約を嫌がっていたから、龍也さんが申し込んだんですか?」
「えっ???ごめん、廉くん、話に全くついていけないんだけど?僕が廉君の元婚約者に交際を申し込んでいることになっているの?」
「元婚約者ではありません。今でも僕の婚約者です。」
突然の突拍子もない質問に龍也は冗談でしょと言わんばかりの対応だったが、真剣な顔をしている廉を見て、真面目に聞くことにした。
「廉くん、結論から言うと、僕は今、どの家にも縁談を持ちかけていないしお見合いする気もないよ。だけど、どこからそういう話が出てきたのかは気になるから、順を追って話してもらえるかな?」
龍也は杏那にお見合いを申し込んでいないと聞いて若干安堵しながらも、水宮家の他の人かもしれないと思い、廉はまだ落ち着かない。
「実は昨日、杏那のところに水宮様のお名前でお見合いの日時と場所が記されたカードが届いたんです。封筒もカードも綺麗な水色に金と白の水流の模様が入っていて、水宮様の儀式や招待状に使われているものと同じだったので、間違いないと思って。」
龍也はその話を聞いて一気に真剣な表情に変わった。水流の模様の入った封書を使えるのは水宮の歴代当主だけ。龍也自身はそのお見合いのことを知らなかったのだから、考えられるのは二人しかいない。龍也は予想を立てる。
(神城家とのパイプを作るためにお父様が勝手にお見合いを組んだのか…お爺様はあの腕で手紙を書いて出すのは難しいだろうし…。)
「廉くん、そのカードに書かれていた日時と場所は覚えている?」
「はい、来週の日曜日、光の刻、場所は以前儀式の手伝いで連れて行っていただいた水宮様が治める土地の山奥の池の畔です。」
場所を聞いて龍也の考えは変わった。
(お父様が設定するなら王都内の格式高い料亭かパーティー会場の一室など王道な場所を指定するはずだ。それに設定する前に僕には話をするはずだ。僕にも知らせず、あの池の畔に呼び出すなんて…お爺様は一体何を考えているんだ!?あんな危険な場所に少女を呼び出して何かあったら取り返しがつかないだろうに!龍神に頼まれて生贄にでもする気か?)
龍也は一気に青ざめた。その様子を見ていた廉が心配そうに声をかける。
「あの、龍也さん、どうしました?お見合い相手の心当たりでもあったのですか?」
廉は事の重大さを知らず、まだ杏那のお見合い相手を気にしている。
「廉くん、話してくれてありがとう。ちょっと用意してくるから、申し訳ないんだけど神城邸に案内してくれるかな?そのお見合い、ちょっと手違いがありそうなんだ。」
龍也はすぐに冷静さを取り戻し、このお見合いを止めようと動き始める。
一方、理世と別れた杏那は指定された迎えの馬車を見つけて乗り込んだ。その馬車は普通の人が見ればごく一般的な外観をしているが、馬からキャビンまで神域の気が漂っており、扉は普通の人には見えない神域の宝玉で飾られているため杏那にはすぐに分かった。杏那が馬車を見つけると一人の老婆が降りて出迎え、杏那に乗車を促した。キャビンの中では杏那の斜め向かいに老婆が座る。老婆は小柄で、薄い紫から白のグラデーションの入った藤の花を思わせる品の良い着物を着ている。着物は光に当たると控え目ではあるがキラキラと輝く。まるで手紙の和紙同様、宝石の粉が散りばめられているかのように。そして瞳は透き通るような薄紫色をしている。
「ようこそ、おいでくださいました。」
老婆が言うと、杏那は少し警戒しながら応じる。
「この手紙を出したのは貴女だったのですね?」
杏那は一枚の封筒を取り出して見せた。それは杏那に直接届いた光に照らすとキラキラと輝く和紙の手紙だ。老婆は静かに答える。
「はい。その通りでございます。」
杏那は老婆が道中で詳しい話をする気がないことを察すると周囲を警戒したまま馬車に揺られた。いつしか山道に入ると周囲の空気が急に変わった。ひんやりとしてとても静かだ。神域の気が濃くなってくる。
(もうすぐ着くわね。)
杏那はあまり緊張を悟られないように気を付けながら心の準備をする。そしてようやく馬車が止まった。
「着きました。」
老婆はそう言うと先に馬車を降り、杏那が降りるのに手を貸してくれた。
「ありがとうございます。」
二人は水宮家からの二通の手紙に記されていた山奥の池の畔に立っている。池はとても大きく霧が立ち込め昼間なのに薄暗い。なんだか寒気がしてくるようだったが、杏那は気にしないようにして老婆に問いかける。
「そろそろ、私をお呼びになった訳をお話いただけますか?彩玉の巫女長様。」
「やはり、この老婆の正体を分かっておいでですね。手紙に書いた通り、貴女様が必要なのです。」
「容姿が変わられていたので確信できずにおりましたが、この地に降りて確信が持てました。それに、この池の気からおおよそ見当は付きますが、状況を正しく知る必要がございます。一体何が起こっているのですか?私をただ生贄にしても解決しませんよ。」
生贄という言葉に老婆は一瞬ビクッとしたが、杏那がここからそう簡単には帰れないことを知っている老婆はすぐに平静を取り戻し話し始めた。
「この池には太古の時代より、この地を治める龍神様が住んでおりました。ある時、何か月も雨が止まない日々が続き、困った民は龍神様を鎮める儀式を執り行いました。しかし儀式に怒った龍神様が儀式を中断させると、あろうことか龍神様も呪いを受けてしまったのです。それ以来、龍神様は呪いに苦しんでおられます。どうか貴女様の太陽の力で呪いを解いていただきたいのです。」
老婆から”太陽の力”という言葉が出てきたことで杏那はあることを思い出した。
「彩玉様、覚えていらっしゃったのですね。昔お話したこと…。」
「貴女様が幼い頃のことです。私も忘れておりました。しかし、先日、主の会話で貴女様のお名前を耳にし、思い出したのです。あの時の太陽の力を強く持った娘ならこの呪いを祓えるかもしれないと。どうか龍神様をお救いください。」
杏那は老婆の話を聞きながら、目の前にいる老婆の他に複数の彩玉家の気配を感じていた。
(彩玉の巫女様たちね、茂みに隠れて様子を伺っていらっしゃるわ。彩玉の巫女様といえば古くから龍神様に仕える一族。龍神様のためならおそらく何でもする気だし、もし私がその呪いを祓えないとなったら、私を生贄としてこの池に捧げるつもりね…。相当余裕がないみたい。)
「状況は分かりました。具体的な呪いの症状を教えていただけますか?それと…龍神様はどこにいらっしゃいますか?」
杏那はさきほどから疑問に思っていたことを口にした。池の周囲には神聖な気は漂っているものの、龍神自身の気配がないのだ。当の龍神がいなければ祓えるものも祓えない。老婆がなんと答えようか考えていると杏那はもう一度問いただした。
「彩玉様。この池に龍神様の気配が感じられないのです。一体どこにお隠れになっているのですか?」




