新たな仲間と任務か罠か
水宮家が呪いの解術に真剣になっている頃、杏那たちは観月祭も終わり、少し落ち着いた日々を過ごしていた。今日は休日で、杏那たち一行は神殿の秘密の応接室に集まっている。杏那、レオ、理世、周一が円卓を囲んで席に着いているとそこに豪が入ってきた。
「皆さま、本日はご挨拶させていただきたい者がおります。」
そう言うと豪は扉の外で待っていた一人の青年に入室を促した。
「失礼いたします。」
入ってきたのは廉である。この日の廉は普段の豪と同じスリーピースのシングルスーツにネクタイという正装をして、茶色の長髪は頭の後ろの低い位置で一つに結わえている。スーツの色は廉の髪色によく似合う薄めのベージュだ。中に来ているシャツはシンプルながらも質の良さそうな上品なものである。おそらくは豪が用意したものだろう。そして右手の人差し指にはあの指輪がはめられている。この状況に驚いているのは杏那ただ一人。他の者はおおよそ見当がついていたようだ。
「月城廉と申します。本日より先代剣士である大伯父の元、剣士見習いとして修行をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。」
廉は良く通る声ではっきりと名乗り挨拶をすると剣士らしく一礼をした。そして豪が説明を追加する。
「皆さまもご存じの通り、廉は私の大甥にあたります。当代の太陽の乙女をお守りする剣士として正式に廉が月城家の力を受け継ぎました。本人も先日ようやく力のことを知り、これまでの任務に参加できなかったことを悔いております。一日も早く当代の剣士として皆さまからお認めいただけるよう、修行に励む所存ですので、どうか受け入れてやっていただければ幸いです。」
廉が時の神の力を受け継いでから二週間ほどが経っていた。この間に、豪は廉を何度も訪ね、杏那との関係を修復し、担うべき使命を全うできるよう説得を続けてきた。また、廉が円滑に受け入れてもらえるよう、レオにも事前に相談し根回しをしていた。見習いとして太陽の乙女の任務に携わらせることについて、レオは渋々了承した。神官の周一と理世はこれでようやくピースが揃うと快諾してくれていた。
一方、事前に何の説明も受けていない杏那だけは話についていけない。
(廉様が仲間に?嬉しいはず、喜ぶべきなのに、この気持ちは何…?)
四年に亘って行事をすっぽかし、自分を避けてきた廉が突然この秘密の応接室に現れ、仲間になると言っている。この秘密の応接室は杏那にとってずっと大切な心の拠り所だった。廉に冷たくされると周囲にはなんでもない顔をしてきたが、実際には幼心に傷つき、一人こっそりここに来て泣いていたことさえある。そんなことも知らない廉が今ここにいる。豪の紹介もあり立場的に信用がおけないというわけではない。元々ここにいるべき人物であり、当代の任務においても月城家の記憶を操る能力は必要だ。廉をチームに引き入れ、その力を発揮してもらうことがあるだろう。廉が必要だ。杏那も頭では理解している。しかし気持ちがついていかない。杏那としてはなんとも複雑な心境だ。とてもじゃないが、すぐに仲間として信頼し行動を共にするなど考えられそうにない。この感情に杏那自身も戸惑っていた。
廉を直視できない杏那は少し俯き押し黙っていた。杏那は名家の令嬢として立ち振る舞いも一流の教育を受けているため、あからさまに嫌な顔を他人に見せたりはしない。どんなに嫌いな相手でも、慎ましく受け流す。相手の気を悪くするようなことも言わないし、わざわざ喧嘩もしない。杏那は元々言い争うことは大の苦手である。そんな杏那が珍しく愛想笑いもせずに俯いている。廉は杏那の様子を見てもどうしていいか分からずに立ち尽くしている。豪や理世、周一も想定内ではあったものの思いのほか気まずい空気にそわそわし始める。レオは静かに杏那の様子を見守っていた。
杏那は小さく息を吐きだすと顔を上げ、椅子から腰を上げた。いつもの優しい微笑みを作り礼儀正しく挨拶をする。
「廉様、ようこそおいでくださいましたわ。いつも豪様には大変お世話になっております。豪様の元での修業が実を結ぶことを願っておりますわ。」
杏那は普段“爺や”と呼んでいる豪のことも、廉の前とあって“豪様”と呼んだ。どこまでも気の利く聡明さがこのようなところでも発揮される。それを見て、次は杏那の隣に座っていたレオが立ち上がると優しく杏那の腰に手を回し、そっと杏那を抱き寄せる。杏那は驚いてレオを見上げる。レオはしっかり杏那の腰を捕まえながら、サファイアの瞳は廉を見据える。
「廉くんといったね。私はレオ。杏那から一番信頼されている杏那の護衛騎士だ。君は剣士だと聞いているが、私は杏那の隣を君に譲る気はないからそのつもりで。」
レオは堂々と清々しいほど勝ち誇った美しい顔で、何の迷いもなく少々手厳しい挨拶をした。その様子を見ていた周一は困り笑いを浮かべ、おろおろしている。一方理世は両手で自分の頬を覆いながら“まぁ!なんて完璧な騎士様!”と目を輝かせている。完全に圧倒されている廉には構わず、レオが杏那を抱き寄せたまま続ける。
「それで神官よ、他に話し合うべき事案がないのなら、今日はもう解散で良いか?」
レオの言葉に周一がはっとする。
「実は…。」
改めて豪と廉を含めた全員が席につき、打ち合わせが始まった。周一は一枚の白い封筒を取り出す。
「先日匿名で神官長様宛に神殿に届きました。封筒の中には白い便箋が一枚。ある所在地とともに“太陽の女神様。貴女様の光が届くことを願っております”と。」
周一は便箋を皆が見えるところに置く。
「所在地を見ると王都から東にある山奥のようなのです。遠方で参拝に来ることのできない方が個人の信仰を示すために送られてきたのかとも思ったのですが、いくつか不可解な点があり、神官長様とも相談をいたしまして、念のため皆さまと共有させていただきたいと思いまして…。」
封筒と便箋を覗き込んでいた理世が周一の言う“不可解な点”について言及する。
「信仰を示すのでしたら、住所・氏名を添えるのが普通ですわね。それに封筒は神官長様宛、便箋に書かれた本文は太陽の女神様となっている点も不自然ですわ。そしてこの所在地もだいぶ王都から離れておりますわね。」
「我々にご相談くださったということは神官長様も神官様もこれは単なる信仰の祈りのメッセージではなく、太陽の乙女に宛てたものではないかと思われたのですね?」
豪が周一に尋ねると周一は頷いた。
「お察しの通りです。深読みのし過ぎかもしれませんが、“太陽の乙女”ではなく“太陽の女神”と書かれている点から、乙女の存在にまでは気づいていないものの、浄化の力を信じて何か助けを求めているのか、あるいは乙女の存在が隠されていることを知っていてあえてこのような文面にして助けを求めているのか、はたまた全くの悪戯か…。」
「周一様、こちらの神殿に届くお手紙はいつも神官長様宛に届くのですか?」
理世が周一に尋ねた。
「いえ、神官長様宛に届くのは、王家からの通達や信仰教会関連の文書が主です。祈りの手紙の宛先は神殿宛てとして届くことが一般的です。」
「わざわざ神官長様宛というのも気になりますわね。」
「この手紙が依頼なのか悪戯なのか、この所在地を調べれば何かヒントが得られるかもしれませんな。この所在地を治める領主は…。」
領主がどの家の者か豪が思い出そうとしていると、これまで所在地を見つめて黙っていた廉が口を開いた。
「その地は水宮家の土地のはずです。」
皆が一斉に廉を見る。
「あぁ、確かに。代々水宮家が治めている場所ですな。廉、なぜ知っている?」
「はい、龍也さんに、あ、いえ、水宮家の次期当主・龍也様に同行して訪れたことがあるのです。そこには大きな池があり、その地を治める神が祀られているという言い伝えで、その神様を鎮めるため定期的に神事を行っているそうです。神事といってもあまりの山奥のため、華やかさはなく小規模の儀式でした。」
杏那は廉がそんなことを知っていることに驚き、内心で思う。
(廉様、水宮様と懇意にしているというのは本当だったのね。私との行事の欠席もほとんどが水宮様とのご予定を理由にされていらっしゃいましたものね。)
「水宮家の土地か…。となると少々厄介ですな。」
豪が腕を組み指で顎を擦りながら神妙な表情をしていると理世が尋ねる。
「月城様、厄介というのはどういうことでございますの?」
「それは周一様からお話いただいた方が良いでしょう。お願いできますかな?」
豪は周一に説明を譲った。
「はい。古い話になりますが、国が興ったとき、神に仕え神占を得る神城家とあらゆる占術や呪術を使う水宮家での役割が話し合われました。そのときに神殿運営は神城家が、国政には水宮家が携わるということで棲み分けがなされました。以降、両家は取極めを違えることのないよう、互いに距離を取り立場を守ってきたのです。故に、大袈裟かもしれませんが、水宮家の正式な招待なく、このような匿名の手紙を頼りに神城家の者が水宮家の領地に、ましてや水宮家が神事を行う場に立ち入れば何かを企み水宮家の権力を奪いに来たと誤解され大きな問題に発展し兼ねないのです。」
杏那とレオは静かに皆の会話を見守っている。二人とも思い当たることがあり各自結論はある程度出ているが、いつ言い出そうか、あるいは言わずにおこうか考えているのだった。一方廉は杏那の様子を見て、自分がいるせいで話し辛くさせてしまっているのかと気を揉み、心配そうに杏那を見つめている。
「そんな棲み分けがあったのですね。ですがそうなりますと、この匿名のお手紙、神城家を陥れたい水宮家の悪戯とも考えられませんか?」
理世が冷静に指摘をすると、豪が応じた。
「その可能性も無きにしも非ず、ですな。他にも水宮の領地で困っている民が救いを求めて出したか、あるいは、堂々とは助けを求められない立場の者が出したのか。いずれにしてもここまでの情報では判断できかねますな…。廉、他に何か手掛かりになりそうなことはないか?」
「水宮様は術の研究や修行には熱心ですが、他家を陥れるような方ではありません。そして自分の弱みを決して人に見せない強さを持った方です。」
廉は自分をかわいがってくれている龍也たちを悪く言われ兼ねない状況に少々語尾を荒げた。
「廉よ、落ち着きなさい。決して彼らを悪く言いたいわけではないのだ。ただ、こちらも慎重に考え動く必要があるのだよ。ん?そういえば水宮家といえば、少し話は変わるが、私からも共有せねばならぬことがありました。特にお嬢様に。」
杏那はふと豪の方を見る。豪はスーツの内ポケットから一枚の封筒を取り出した。薄い水色に水流を思わせる金の模様が入った繊細で美しい封筒だ。
「この会議の後でお嬢様にお話しようと思っていたのですが、ちょうど水宮家の話になりましたので…。実は今朝、神城家のご当主様よりこの手紙を預かりました。中身は見ておりませんが、ご当主様からは水宮家からの縁談でお見合いの日時と場所が記されているとのことでした。」
豪はそういって封筒を杏那に手渡した。
「このタイミングで水宮家からの縁談とは答えが見えてきたようだな。」
レオはそう言うと杏那とともに封筒の中身を確認する。封筒の中には二つ折りになったカードが入っていた。カードも封筒と同じく薄い水色に水流を思わせる金と白の模様が入っている。宛名はなく日時と場所、メッセージのみの記載である。日時は来週末、メッセージには“麗しい貴女にお会いできることを楽しみにしています。”と書かれている。指定されている場所を見てレオが言う。
「やはりな。この場所、神官長宛ての手紙の所在地と同じだ。今回の依頼主は水宮家で間違いないだろう。先方はなんとしても杏那に、太陽の乙女にこの場所を訪れてほしいようだ。」
予想外の展開に杏那は再び驚き言葉を失っている。手紙を覗いた理世が言う。
「月城様、お相手は水宮家のどなたかは聞いておいでですか?このお手紙、差出人のところに水宮とだけで、お見合いのお相手の情報がございませんの。」
慌てて豪もカードを覗き込む。
「本当ですな。水宮家にはお嬢様と年齢的に合うような者はいなかったはず。可能性があるとすれば、次期当主の龍也殿か…?」
レオはこの縁談に実態がないことを見抜いていたが、恩師が自分の婚約者に手を出そうとしていると知り、焦っている廉を見て黙っていることにした。そして杏那にだけそっと耳打ちする。
「杏那、安心して。いつも通りの太陽の乙女としての任務に過ぎないよ。縁談の名目だろうと一人では行かせないし、僕が同行する。何があっても僕がそばにいるよ。」
任務についての話をする際のいつもの流れで豪が杏那に問いかける。
「お嬢様、今回の件、いかがなさいますか?」
皆の意見を聞き、自分自身でも依頼の真相を推し量り、どのような方法・流れで対処するか、最終的に決めるのは太陽の乙女である杏那だ。杏那はようやく口を開いた。
「少し考えさせていただけますか?あと神官長様宛のお手紙、少し調べたいことがありますので、預からせていただけますか?」
周一は“勿論構いませんよ”といって快く手紙を杏那に渡してくれた。こうして一旦今日の打ち合わせはお開きとなった。




