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羽織ったストールが足早に部屋を退室してゆく兵士たちに煽られてふわりと巻き上がる。それを手で丁寧に抑え付けて、月子は小さく嘆息した。あれきり一睡も出来なかった疲れが今になって彼女の精神を細やかに苛む。


「ツキコ殿、お疲れのところお引き留めして申し訳なかった。今後、滞在中は我等サルトテスラの威信を掛けてお守りすることを誓います故、今はお休みになられては?」

「いえ、大丈夫です。元はと言えば私が発端ですから…ご心配とご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


目許に疲労を滲ませる月子に気が付いたオートバルが身近の従者に月子を自室に案内するように申し付ける。それを丁寧に断って、夜明け前から下げ続けた頭を今一度下げた。

セグセンビーアでの不祥事ならまだしも、外交の要であるサルトテスラに余計な異分子を持ち込んだこと、また、前日に申し入れた謀りと称されても仕様のない自身の言動が圧し掛かって月子の身体を重くする。

オートバルは自国の警備の甘さを悔み、切々と詫びを入れてくれたが、月子としてはその言動ひとつひとつが身に染みて、同様に心苦しかった。

アウレリオの迅速な対応によって、月子の危険はすぐさま城内に知れ渡った。

“同盟国の主”である月子が危険に晒されたその事実は、サルトテスラを狼狽させた。

無論、月子の晩餐での言動がひた隠しにされていたからこその恐慌ではあったが、オートバルはすぐさま言葉通り、侵入者の追跡、及び侵入経路や侵入者の誰何などの推論を国を挙げての遂行に移した。

夜明けの空に向けて慌ただしく行われる最中、渦中である自分が平然と休むわけにはいかない。

例えなにも出来ることはなくとも、進められる事柄は自分とは無関係ではないはずだ。

背凭れに寄り掛かった身体は、気を抜けば意図せず深く沈みこんでしまう。

吐いた息はか細く揺れて、溜め息にすらならず空中を霧散した。


「陛下、あんまり無理すんなよ?」


肩からずり落ちそうになるストールを引き上げて丁寧に掛け直しながら、椅子の脇に控えるウォルターが小さな声で呟く。

自分の心情を察している故の最低限の心遣いにありがとうと微笑んで、月子は視線を部屋の隅に移した。

臨時の会議室として使用されている質素な部屋の片隅に、何処にいても目立つあおの髪と栗毛の髪が揺れて見える。

ここからでは彼等の表情の細部までは見てとれないが、感じる限りでは普段通り、何ごともなかったような体で言葉を交わす青年に不安が募る。


「だいじょぶかな…」

「大丈夫って…アウレリオか?それともジュスト?」

「…アウレリオ」

「なんだ、あいつ侵入者と一戦交えてたの?陛下もアウレリオもなにもなかったって言うからオレはてっきり…。怪我でもしたってことか」

「ううん、なにもなかったよ。そういう…危ないことは」


不思議そうにきょとんとした顔をするウォルターに、私が一方的に心配してるだけだからと言い残す。

見定めた視線は外さぬままなにかひとつでも平素の彼と違うところが見えば駆け付けるつもりでいた月子の視界で、動いたのはアウレリオではなく、青年の相棒であるジュストだった。アウレリオのあおい髪を乱暴に撫で回した末に脛に蹴りを喰らったジュストが、眉を顰めつつ月子たちの傍に寄ってくる。


「ウォルター、交代だ。元気が取り得のお兄さんがあの坊ちゃんの相手をしてやってくれ」

「なに?」

「むしゃくしゃするから稽古に付き合えと言われたんだがな、生憎と俺はあいつの理不尽な怒りの捌け口になるのは常日頃だけで十分でな。好き好んでこんな時までなりたくない」


見れば、確かに不満そうな顔で仁王立ちするアウレリオがこちらを睥睨している。

月子と眼が合えば楽しそうに手を振ってはくれるものの、同僚ふたりには今にも不服の牙を剥きそうなほど座った眼差しで早くしろと言わんばかりの態度で、青年は顎を上げた。

それに納得したウォルターがしょうがないと苦笑する。


「悪いな、陛下。ちょっと情報収集がてら身体動かしてくるわ」

「あ、うん、…気を付けてね」

「だいじょーぶ、ありがとう。陛下こそ無理すんなよ」


先ほどジュストがアウレリオにしたように、わしゃわしゃと月子の髪を撫でてウォルターはアウレリオの元に駆け寄って行った。

不満そうな表情の青年の肩を押して、ウォルターが人混みの中に消えて行く。

その後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送った月子は、我知らず肩に入れていた力を抜いた。彼を視るたびにちらつく片鱗が月子の心身をゆるやかに縛る。

あの時、アウレリオが見せた表情が頭から離れない。


「なあ、陛下」


ふと掛かった影に顔を挙げる。

見上げた先にぶつかった橙色の瞳に小さな違和感を覚えた。


「ジュスト…?」


ジュストと己の距離が近い。

普通に考えれば一般的な距離感ではあるが、確か彼は女性恐怖症だったはずだ。


「なあ、…陛下」


神妙な顔付きで己を呼ぶ男の顔色は悪い。

曲がりなりにも女である自分のすぐ傍にいるのだから当然だろう。女性恐怖症であるジュストがわざわざ天敵であるはずの己に近付くことが理解出来ない月子は、だからこそ無碍に距離を取ることも許されず、困惑に表情を染めた。


「…どうしたの?」

「アウレリオ、平気だったか」

「え?」

「なんかあいつ、…言ってなかったか」

「なんかって…どういう…」


問われた言葉に首を傾げる。

反射的にどういうことかと返答してから、青年が見せたあの表情のことを示唆しているのかと気付いた。


「あの、それって」

「……いや、悪い。変なこと聞いたな、忘れてくれ」


限界だとも思い余ったとも取れる仕草で左手を振って、ジュストが身を引く。

顔色が優れない彼を無暗に追い掛けることも引きとめることも憚られ、またジュストが刻んだ眉間の皺が拒絶を示しているようにも見えて、月子は伸ばし掛けた指先を引っ込めた。




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