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明日を見るもの

心地よい振動を身体に伝えてくる馬車から見る景色は、馬に騎乗した数人の兵士とその向こう側に建ち並ぶ白を基準とした煉瓦の家々だった。

姿形に異なりは少ないが、一軒一軒、花壇や趣などに個性が見える流れる景色を窓に張り付いて眺める月子に、向かいに腰を下ろすウォルターが笑う。


「そんなに物珍しいか?」

「うんん、むしろ似てるよね、シーラスタに。だから外観が似てるなあって気になって」

「ま、他国とは言えお隣さんだからなあ」

「文化が似てるってこと?」

「簡単に言えば。サルトテスラは女神信仰が薄れた時代もうちの属国として共に在り続けた国だからな。同盟国の中でも一、二を争うほどの古株だし、世界的に見ても地位も高い」

「ふうん…」


今や女神の腕に抱かれた数少ない国の頂点であるセグセンビーアの首都シーラスタでも至る所で掲げられていた、七つの星に囲まれた一振りの剣をやさしく包み込むように頭上から伸びる腕を意匠化した旗が、この国でも各所に揚げられている。

あれがきっと女神信仰を表す証なのだと、ウォルターの話を聞きながら思った。


「緊張してる?」

「たぶんね」

「そのわりには落ち着いてるな」

「自分で決めてあそこまで大見得を切っちゃったからね、やるっきゃないでしょ」

「勇ましいことで」

「私にはいざって時に頼りになる七騎士さんがいるから、ダイジョーブ」

「はは、御期待に添えられるよう頑張りますよ」


月子の望むままにサルトテスラに送られた信書の返答は想像と寸分違わぬものとして、すぐさま月子の元へ送り返されてきた。

訪問を喜ぶ旨と、是非とも早い御足労をと乞うサルトテスラの要望に従って、同盟国の矜持を刺激しないぎりぎりの護衛と共に月子は半日ほど前にセグセンビーアを出立した。

馬に揺られ船に揺られ馬車に揺られ、隣国と言っても互いに国土が広大であるため、サルトテスラの王城までの道のりは長い。

掛けられた心配を受け流し、いつもよりやや早い鼓動を刻む心臓と慣れない旅路の疲れから、月子は目を閉じた。





「…恐ろしい」

「なにが?」

「なんでこんな盛大なの…」

「そりゃあ、一国の主が、しかも同盟の主要国の主が正式でなくとも他国訪問を果たすってんだからこのくらい普通なんじゃないか?もしくは史上初の、皇帝陛下御自ら使者の真似ごとをさせた引け目からかもしれないな」

「………」


はじめてシーラスタで王城入りを果たした最と同じものが広がる目の前の光景に、月子は肩を落とした。

困惑する彼女の視線の先では女神の旗が列をなして規則正しく並び、その下に同様に並ぶ大勢の人々が手にした自国の旗を力の限りに振る。熱気で舞い上げられる華吹雪が宙を舞い、歓声と響き渡る金管楽器の音色が半日以上掛けてサルトテスラの城下町に辿り着いた月子たちを出迎えた。

同盟国の主の来訪に沸き立っている町の入り口で馬車から降りた月子に、愛馬から同様に降りたヒューバートが歩み寄って来る。


「陛下、ここから先は馬に騎乗して頂くことになります。申し訳ありませんが、先方の要望なので…」

「護衛上、こちらからすると馬車の方が楽なんだけどなあ」

「それはまったく構わないんですけど、私ひとりで馬乗れない…」


言葉通りに眉尻を下げるヒューバートと面倒臭そうにぼやくウォルターの間で、気まずそうに月子が首を竦める。

去り行く馬車の後ろ姿を名残惜しそうに見詰める月子の顔を、にやにやと笑うウォルターが覗きこんだ。


「オレと乗る?」

「ヒューバートさんの馬に乗る」

「そんなに警戒しなくてもいいのにー」

「うるっさい、ばか。…すみません、同乗させてもらってもいいですか?」

「………」


じゃれるように掛け合うふたりを見て、ヒューバートは瞬きをした。

嫌がる――本気ではなく建前で嫌がるふりをする月子の頭に乗せられたウォルターの手のひらや、口では文句を言いつつも表情は柔らかいままの月子に対してはじめて抱く不可視の感情に思考が支配されるのを感じる。

月子(へいか)の御前であることも忘れて、意識がぼんやりと薄らいだ。


「ヒューバートさん…?」


いつもはすぐさま返される返事がなかったため、どうしたのかと不安げに首を傾げた月子に見詰められて、ヒューバートははっと我に返った。

ウォルターも加わって自分に集中する四つの(なまこ)に彼は慌てて、それでも静かに首を横に振る。


「あ、いえ…。申し訳ありません、少しぼおっとして…」


困ったと表情に描いたまま、ヒューバートは眉尻を下げて微笑んだ。


「光栄です、陛下」





道沿いに沿って並ぶ城下町の人々の間を縫って、馬上に揺られながら辿り着いたサルトテスラの王城は、街並みと同様、城の外観もセグセンビーアの王城と似通っていた。

繊細かつ豪奢な彫りが施された門扉を潜り抜け、城の正門手前で馬から降ろされる。

聳え立つ城壁を見上げる月子の目前で、軋んだ音と共に閉ざされていた正門が口を開けた。


「緊張してる?」

「…意地悪い質問は控えて頂きたいですー」

「はは、オレ等がいるから平気なんじゃなかったのかな?」

「…信じてますよ」

「オレは陛下を信じてるよ。なあ、ヒュー?」

「ええ、無論です」

「……ん。任せて」


除々に顔を見せる外観に恥じないエントランスと、予想通りに並ぶ城仕えの多数の顔ぶれに、知らず月子の背が伸びる。それを見兼ねた背後に控える騎士ふたりに笑い掛けられて、月子は苦笑と共に肩に入っていた余分な力を抜いた。


「行こっか」


気を抜けば俯き加減になる顔を上げて、…そうして前を見据えたその向こう、尊大な音を立てて開帳した扉の奥から、頭を下げる数多の人々の海に飛び込もうとした月子の瞳に鮮やかな色が飛び込んできた。

忘れようにも忘れられない目にも華やかなその色は、城仕えの人々に囲まれた毛足の長いカーペットが敷かれた回廊を軽い足取りでこちらに向かってくる。

出鼻を挫かれる形になった月子は、その抜けるように青い髪が揺れるさまをぽかんと見詰めた後、弾かれたように笑顔を浮かべた。


「陛下、久しぶりー…ってほどでもないか。案外早く会えたね」

「アウレリオ!」


出会って別れるまで大した時間もなく、また離れていた期間も総じて大したものではなかったのに関わらず、久方ぶりに会うような感覚に月子は状況も忘れて無邪気に喜んだ。

目の前までやってきた青年は、月子の背後に控える同士に軽く手を振って、にこにこと笑みを絶やさない君主に目を向ける。


「急にいなくなるから吃驚したんだよ」

「僕等が城を出立した時間は朝方だったからね。まさかそんなことでわざわざ陛下を起こしに行くわけにもいかないし」

「そっか…まあお仕事だもんね、しょうがない」


うんうんとひとりで頷く彼女を見て思い出したのか、不意にアウレリオはそうだ、と呟いてエントランスのその先を見遣る。釣られて回廊の先に目を移す月子の反応が目の裏にありありと浮かんで、青年は薄く笑った。


「おじさんも一緒だよ」

「ジュストも?」


青年の相棒の名を聞かされて更に月子の表情が明るくなる。

嬉しそうに笑った彼女の背後で、騎士ふたりもまた笑みを零した。




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