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収束

驚いて、声が発せられた方に顔を向ける。

嘲笑を含んで光る柘榴を思わせるふたつの紅玉を視線の先に捉えた月子は、放たれた台詞は自分を擁護するものだったにも関わらず、眉間に不快感を刻んだ。

あからさまに不愉快だと表情で隠しもせず語る月子に、マティウスが喉を鳴らす。


「好きにさせてやればいい。その皇帝陛下が仰る理屈に一理あるのは明確だろう」

「口を慎め、マティウス。誰に向かってそのような狼藉を働いていると思っている」

「さあ」


即座に反応してマティウスを睥睨する老人に対しても、彼は薄い笑みを絶やさず肩を竦めてみせるだけ。その間も愚弄を含む眼差しは月子を貫いて逸らされることがない。

見据えるままのマティウスと、静かに視線を返す月子に座標の間の人間たちの眼が集まる。


「我が国を陛下自ら直々に救って下さると、その案があると仰られるのだから、遠く及ばぬ我等凡人は陛下の崇高な采配に任せるのが道理というもの。なあそうだろう、元老会の御老人諸君?」

「………」


月子の擁護をしているのは明らかなのに、どう鑑みても優しさではないと思わせる口振りと、ただでさえ少ない手札がひとりでに増えてくれた幸運を天秤に掛ける。

口を閉じた元老会を見る限り、今はまだマティウスの言動がマイナスに働くとは考え難い。しかし、なんの腹の裡があっての発言なのか、彼の思考がまったく読めない危うい状況で手札に加えていいものかとも悩む。

口を結んだままなのは月子も同じで、思案するように黙る彼女をついと細めた双眸で見詰めるマティウスが、静まり返る空間をまたも無遠慮に引き裂いた。


「登極をしなければ威厳も権限も発揮出来ないような人間に、お前たちは大事な国を任せる気なのか。大層な愛国心だな、心底見下げ果てたものだ」

「マティウス、貴様…!」

「陛下の御前でみっともなく大声を上げる気か?」

「…っ」


堪りかねて腰と声を上げたひとりの老人は、大した発言も出来ぬまま再び椅子に収まることになる。

それを一瞥もせず退屈そうに欠伸を零したマティウスは、変わらず口を閉じたままのの月子に意味ありげに微笑んで見せた。


「………」


頭の中で描いた天秤は揺れ続け、間違った選択は出来ないという重荷が月子に決断を躊躇わせる。矛盾と虚勢と正義感と疑惑と、考慮すべき様々な渦巻く感情が足枷となって思考を困惑させ、遮断させては繋ぎ合わせた。

…それでも今の自分が置かれている現状と、ただでさえ少ない手札がひとりでに増えてくれたことを考慮すれば自ずと下すべき決断は絞られてくる。

己の手の甲に落としていた目を上げて前を見据えた月子に、マティウスが笑った。

再び静寂に支配された室内に、月子が息を大きく吸う音が響く。


「私が使者としてサルトテスラに訪問することを承諾した旨を先方に送って下さい」

「陛下!」

「私が、決めたんです。なんと言われようと今さら言を撤回することはしません」

「………」


色を失って声を上げた数人に、月子の覚悟を伴った声がぶつけられる。

確かな輝きを持って自分たちを見詰めてくるその視線に折れ、幾人かが諦めたように息を吐き出す音が空虚に木霊した。


「お願いします、どうか準備を」

「………陛下の御心のままに」


静かに揃って頭を下げた元老会と愉しげに口角を吊り上げたマティウスに、月子はゆるやかに目を閉じる。




「………………っあー!緊張したー!」


座標の間を颯爽と退室した月子は、速足に回廊を駆け抜けて、ひとつ目の角を曲がった直後、唐突にその場にばっとしゃがみ込んだ。

背後を追従してきた騎士ふたりと数人の兵士がそれに倣って足を止め、驚いた表情をする兵士を余所にヒューバートとウォルターは顔を見合わせる。

膝を抱えて腕に顔を埋め、今までの重りをすべて吐き出すように大きな溜め息を吐く月子に、ウォルターが苦笑した。


「お疲れさん」

「うあああー…、やってしまった…」

「かっこよかったぜ、ヘーカ」

「やめてよ、もー…ほんとに緊張したんだから…」

「オレも緊張したけどな」

「…ごめん、相談くらいするべきだったね」


下がり気味になった肩を優しく叩けば、腕の隙間から瞳だけを覗かせた月子の目線に合わせてウォルターも回廊にしゃがみ込む。

それから意地悪く微笑んで見せれば、彼女は身の置き所がないと言う風に肩を竦めた。


「なんか…一気にいろいろ爆発しちゃった感じ。今さら言い訳がましいけどね」

「嘘だって、相談なんてとんでもない。陛下が自分で決めたことなら、それが必然オレたちの意志なんだよ。相談なんて必要ない。…つーかあんまり本腰入れて謝られるとヒューが怖いから止めてくれると有り難いかな」

「言い出したのそっちなのに」


埋めた腕の中でふ、と笑う月子に知られぬよう、ヒューバートとウォルターは今一度顔を見合わせた。思っていたよりも気丈そうな月子を見て、どちらともなく安堵の息を吐く。

これなら心配いらないと、予定通り部屋まで送り届けようとしたヒューバートの元へひとりの兵士が駆け寄って来た。

足音に気付いて顔を上げた月子に兵士は一礼した後、ヒューバートに静かに耳打ちをする。


「なんかあったのか」

「いや……元老会の方々が御呼びだそうだ」


問うたウォルターに簡潔に返答し、兵士を下がらせたヒューバートは顔を上げた月子の傍に跪いた。


「申し訳ありません、陛下。少々席を外させて頂きたいのですが」

「元老会って、さっき私が啖呵切ったからヒューバートさんが呼び出されるの?だったら私が自分で…」

「いえ、そうではないのです。陛下が仰られた信書を送るのに必要な書類に目を通すように呼び付けられただけですから、どうか御心配なさらずに。…不備がないように私が見張って参ります」

「……うん、お願いします。気を付けて」

「はい。…ウォルター、陛下を頼む」

「おー、任せろ」


頷いた月子に微笑んで、立ち上がったヒューバートはウォルターに一声かけると足早にその場を後にした。

ヒューバートの背を見送った月子は、ウォルターに手を引かれて腰を上げる。

このまま部屋に戻ろうと提案するウォルターに、極度の緊張から疲労していた月子は素直にそれに頷いた。


「で」

「で?」

「せっかく一段落ついたところに早々申し訳ないが、まだ色々と問題は山積みだろ?それはどうするつもりなのかなーってね」

「…問題は…えっと、後回しにすると今までと同じになっちゃうから、…今の問題となるべく並行させて考える努力をしようと思ってる」

「…聞いているだけでものすごく不安になる希望的観測だな」

「…だってちゃんと考えるって断言すると嘘になるじゃん…」


自室に戻る途中、他愛もない話の延長としてウォルターが婉曲に指摘したのは、月子が悶々と心の内に秘めて抱え続けているものだった。

名指して言葉にはしないものの、それがなにを意味するか理解している月子は、引け目を感じつつも明確に解決策がないことを吐露する。

それからしょんぼりと、自分でも自分が情けないと思っているらしい月子は叱られた犬のようにうなだれた。


「………」


大きな溜息と共に俯く月子の横顔を、細めた双眸で見詰める。

今までの歴代の王たちと比べるまでもなく、若い彼女。

悠久を刻むテレスタジアの歴史の中で女王がいなかったわけではないが、それでも群を抜く若さと相まって、物珍しさは拭えない。

今、彼女を苦しめている障害も、例えば月子がもっと貫禄を持った壮齢の男だったのなら周囲の態度もまた違ったのかもしれないと思うと、なんとなく釈然としない感情が胸中を支配する。

加えて異界から喚ばれた彼女はこちらの人間には理解の範疇を超えるほど気安くて、だからこそこちらの常識に囚われない奔放な性格のように見えた。

それは月子の性質か、はたまた異界の人々は皆こうなのか。

計り知れない心の中と気軽い態度はこの世界で異彩を放つ。人と言う者は総じて己の理解に及ばぬ話であれど、齎されるものが利益である限り甘受するものだと思っていたが、それを居心地悪そうに受け取る月子は、更に異色の存在だった。

特別美人なわけではない、それでも屈託なく笑った顔が印象に残る、可愛らしくて少しばかり聡明な、新王。…否、登極する資格を持った選ばれた人間というのが今のうちは正確かもしれない。


「どうしたの?」

「…いんや、なんでもないよ」


視線に気付いたのか上げた顔で真っ直ぐこちらを見詰めてくる透明な黒に笑い返して、その瞳と同色の髪に手を伸ばした。

自分とは違う、柔らかく細い黒髪と、手のひらに収まるほど小さな頭をやわらかく撫でる。

ウォルターの唐突な行動に、なに、と視線で問うてくる月子に、彼はわざとらしいほどにっこりと笑って見せた。

訝しむ彼女の後頭部を手のひらで包んで、不意をつくようにぐいと引き寄せれば簡単にこちらに傾く身体に、自然と上がる口角に思っていたより新王に懐いていた自分を思い知らされる。


「ほんと、最高だな陛下は」


驚きに目を見開く彼女の額にウォルターが送ったくちびると賛辞に、首まで赤く染めた月子が全速力で自室に逃げ帰るまであと数秒。




月子 は でっかいわんこ を 懐柔 した !(てれれれーん!)



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