リトル・クレイジー
「しっかし、今の事態どう見るべきかが焦点だよなあ」
「重鎮たちと一括りに言っても、やはり一番の問題は元老会でしょう。彼等がいま陛下にとって一番の障壁に違いありません」
「そうだな。厄介なのはあのジジイ共だろうな…。そうすると、最も危険視していたエゴールは関係ないだろうな。むしろ今を格好のチャンスと見ているはずだ」
「ええ、そうですね。…陛下のこれからの御活躍を考えれば、国単位ではなく世界単位で考慮した方が良いでしょう。議会を招集した方が良いかと」
「オレもそう思う。まずはヒューを呼ばないと…あ、そうだ、陛下」
「…うん?」
淡々と話を交わすふたりを何処か他人事のように聞いていた月子は、話の水を向けられて首を捻った。ああそうか、自分が話の軸にいたんだと、何処か他人行事で聞いていた自分に今さら気付く。理解の範疇を超える事態に巻き込まれ、キャパオーバーを起こして中断していた思考が戻って来る。
慌ててなに?と返答すれば、ウォルターは面倒臭いんだけど、と前置きをしてから言った。
「議会って陛下が許可及び招集しないと集まらない…つーか、集めちゃいけないものなんだよね。だから許可くれるかな。招集は許可が降りたオレたちで出来るから」
「それって、私の帰る帰らない狙われてる云々に関係あることなんだよね?だったら、はい、えっと…許可…って、どうやってするの?」
「許可しますー、って」
「…それだけ?」
「そ。それだけ。陛下の御言葉には、それだけの権限があるんだよ」
「……許可しますー」
なんだか複雑な気持ちでウォルターの言葉を鸚鵡返しに呟く。
浮かない顔をした月子を宥めるような微笑を湛えたウォルターが、その場を仕切り直すように、気合いを入れるように大きく手のひらを打ち鳴らした。乾いた音が月子の耳を打つ。
「オッケー、ありがとさん。さ、ヒューを呼んでジジイ共を集めんぞー、ジーク」
「わかっています。それよりもウォルター、あなたの最優先は陛下でしょう。議会の招集は私がこなしておきますので、陛下のことを」
「あー、そうだった。オレ今日は全面的に陛下担当なんだった」
意気揚々と勇み足で踏み出したウォルターの行く手をジークベルトの正論が阻む。
しまった、と歩き出そうとした足を主軸に半回転し、照れ笑いをしながらウォルターが戻って来るものだから月子は思わず笑ってしまった。背後に見えるネイビーブルーが呆れの色で満ちるのにも苦笑を落とす。
「悪いな、陛下。忘れてた」
「いーえ」
正面にまで戻って来たウォルターが、誤魔化しのため海色の後頭部を掻く。
本気で悪いと思っているのか、少しだけ下がった眉尻に気にしないでと微笑んだ。
月子からすれば、変に畏まれるよりこういった態度の方がよっぽど気が楽なのだ。
そういった意味合いを暗に含めて、ね、と首を傾げて見せれば、月子の真意を汲み取ったのか、ウォルターは最後にもう一度悪かったと告げて謝罪の言葉と表情を引っ込めた。
「じゃ、オレ等で七騎士集めるか」
「みんないないんじゃないの?アウレリオとジュストは?」
「もちろんその二人はいない。でも後は全員手の届く範囲にいるから、そいつ等を集めに行こう。あ、そういやエリクもいなかったな。だから三人抜かして、四人か」
「ウォルターとジークベルトさんも抜かすから、二人だよ」
「ああ、そうか。そうすると、後はヒューとマティウスだな」
「ヒューバートさんと……マテ…」
「マティウス。…そんな顔するなよ、陛下。しょーがねーだろ、『七騎士』なんだから、ちゃんと全部で七人いるんだよ」
「…ん」
また知らない人、もと言い、新たな障害が出てきたとでも言いたげな表情を見せる月子の背中を叩いて、ウォルターは行こうぜと先を促した。
****
「ちょっと悪い」
「はっ、何か御用でしょうか」
謁見の間を出てすぐに、廊下を行き交う給仕や兵士の中から適当に声を掛けたウォルターの半歩後ろで、月子はその成り行きを見守っていた。
七騎士を集めると言っても自分に出来ることは殆どなく、精々邪魔にならない程度にくっ付いて行くことが最善だろうと判断したからだ。
兵士の緊張のした視線を感じながら、ウォルターと彼との会話に耳を澄ませる。
「マティウスを見なかったか?」
「ヒルヴィサロ卿なら、先ほど軍令部の訓練場におられました。射撃の訓練をなさっているようです」
「そうか。あいつほんと射撃狂いな。引き止めて悪かった、ありがとさん」
「いえ、お役に立てたならば光栄です。失礼します」
きっちりと腰を折ってその場を去ろうとした兵士に、反射的に月子も軽く会釈を返してしまう。やばい、と気付いた時には既に遅く、まさか皇帝陛下からなんらかのアクションを起こされるとは欠片も思っていなかったであろう、しかもそのアクションが人の上に立つ人間らしからぬものだったので、キャパオーバーを起こした兵士がこちらを凝視してくる。数秒後にはっと我に返った顔を真っ青に蒼褪めさせた兵士は、完全に己ひとりでどうこう出来る範囲の事柄ではないと思っているらしく、助けを求めるようにウォルターに縋る視線を向けた。
一方月子もどうしたものかと、一日陛下お世話係に任命された七騎士を見詰める。
「陛下は…」
「ほんとごめん…国民性なんだよ…」
困ったというよりも不測の事態が楽しくて仕様がないと笑うウォルターにさらに気まずくなる。ここにアウレリオがいたら、あの青年はまた腹を抱えて笑い出すのだろうな、とそこまで容易に想像が出来て、彼がこの城にいなかったことは実は幸いだったのではないかと思った。
「ごめんよ…」
「まさか。お互い様、だろ?」
ウォルターが月子の言葉を拾い上げて、そのまま蒼褪めた兵士に国民性がなんだとか気にするなとか、とにかく宥めすかしてその場は騒ぎにはならなかった。肉体はもちろんのこと一般人よりも強靭に鍛え上げられているだろう精神を持つはずである城在住の兵士が、去り際に薄らと涙目だったのが気になって、月子は今夜は夢視が良くなさそうだとまで考えた。咄嗟にその姿に再び同じ過ちを犯し掛けたのは秘密である。
しかしこの国、元は世界が、女神狂いだということはもう重々わかった。わかったつもりでいた。けれど、どうやら月子が認識しているよりも根深く女神信仰は蔓延っていて、月子の常識や思考の先を悉く阻む。
「てゆーか最早恐怖政治の域なんじゃ…?」
「オレ等にとって陛下はさ、女神さまの代弁者であって化身でもあって、絶対神でもあるんだよ。御目見えするなんて畏れ多い。御声を聞くことだって頭が高い。大体、御逢いするだなんて、そんなことを考えるだけでも下手したら天罰でも下るんじゃないのかって、そういう認識」
「『会いたくないわけじゃないけど』?」
「そう。出来ることなら生涯で一度だけでも御目見えしたいし、女神さまの視界に、意識に入りたいと思う。でも、結局は」
「畏れ多いのかあ」
「一種の刷り込みだな。母親離れした奴等と違って、オレたちは女神さまの加護と庇護のもと以外で生きて行く術がわからないんだよ。それを一番理解しているのはこの国の連中で、だから見放されるわけにはいかないんだ。女神さまにも、陛下にも、さ。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、強ち間違っちゃねえだろ?」
「…私にはよくわかんないや」
ウォルターの台詞は、大袈裟に聞こえなくもなかった。けれど数日間、ここの空気を見て触れて感じたことを思い出せば、それはなんの誇張もない言葉だと理解することが出来る。
今まで生きて来た価値観や常識が追い付かないところにあるこの世界の根本は月子にとって未知の生き物以外のなんでもなくて、諦めたように首を横に振った。
疲れた顔で思考を放棄した月子に、ウォルターは快活な笑顔を返す。
「おー、そんな感じだよな、陛下は。オレとかアウレリオのこんな無礼講を進んで許しちゃうんだもんなあ」
「今まで生きてきて、そんな大それた感情向けられたことないし、そもそもそんな予定もまっさらなかったし。私は今のウォルターたちの言動の方が気が楽で違和感ないよ」
「オレもほんとはさ、こんな世界のこんな国に生まれ育ったんだし、女神信仰が薄いわけじゃないんだよね。他の連中みたいに特別外に出たいとも思ったことねーし、まあだから七騎士に選ばれたんだろうけど」
「そのわりに砕けてるよね、はじめっから、終わりまで」
「始めからは否定しないけど、終わりはまだわかんないだろ。陛下がガラッと一変して、頭が高ァい!とか言い出しちゃったらいくらオレでもな。アウレリオはどうか知らないが」
「えー、ないない。だって私帰るもん」
「えー、やだあ」
「うわ、かわいくなーい」
げらげらと、何十年来の友人のように笑い合いながら月子はウォルターの歩みを辿る。
真白な城に似つかわしくない、厳つさと乱暴さを兼ね揃えた灰黒い建物が長い回廊の先に見えた時に、そこで月子はふと歩みを止めた。
ウォルターが不思議そうにこちらを見詰めてくるのに、俯き加減で応える。
「…ねえ、あそこにいるらしいマテさんってどんな人?」
「どんな?敢えて言うなら一筋縄じゃいかないタイプ」
「七騎士ってみんなそうじゃん…」
「言い直す。一筋縄じゃいかないタイプが集まった七騎士の中でも一、二を争うくらい一筋縄じゃいかないタイプ。しかも敢えてじゃなくてそうとしか言えない」
「私、帰るね」
「帰るために今からマティウス迎えに行くんだろ。ほら、頑張れ、陛下」
「…えー、やだあ」
「…うわ、かわいくなーい」
「……………」
「……………」




