頂きを仰げ
「やっぱりなあ」
「やっぱりって…」
ジークベルトから告げられた言葉に、一番に反応を返したのはウォルターだった。
言葉通り不穏極まりない発言にも関わらず、ウォルターは大したこともなさそうな表情で一人納得している。
用件を告げられた当の本人の月子と言えば、ウォルターの言葉どころか、ジークベルトが伝えてきた言葉の意味すらも掴みあぐねている。しかし一応この場の中心であり、不本意ながら頂きでもあるようだから、素知らぬ顔はしていられない。
大人しく小さく目立たない挙手をして、素直にウォルターに教えを請うた。
「あの…ごめん、私言ってる意味がいまいち分からなくて…。不穏な動きってなんのこと?」
「別の言葉に置き換えるなら、反国家勢力の動きが活発化してますよー、ってことだ。女神政権に異議のある輩のことだな」
「反国家勢力?」
「陛下がこの国の天辺に就くことを快く思ってない連中の話だよ」
「……うん?」
相変わらずの聞き慣れない単語に事態を理解するのに時間を要する。要するが、どうにか自分なりに解釈をしたところ、月子は言いようのない感情を心中に抱いた。
まずはじめに、私はこの世界に留まるつもりなど一片もない、ということである。皇帝になることは無論、論外であり、数日後には何事もなかった体で向こう側に帰る予定でいるのに、勝手に決め付けて勝手に不穏な動きで事を荒立ててもらっては困るのだ。公言している事実であるのに何故広まっていないのかは、この際更に恐ろしいことになりそうなので隅に置いておくとしても、とにかく月子自身はこの世界の頂点に君臨するつもりなど皆無である。だというのに、どうして当事者を置いて、物騒な事態に事が進み掛けているのだろうか。
ウォルターたちの言葉を平たくすると、過激派のテロリストみたいなものが今から迎えうる世界情勢に不満を覚えてテロを起こそうとしている、ということなのだと単純に月子は解釈した。日本生まれ日本育ちなので、テロの脅威にその身を晒したことはないが、ブラウン管の向こうでなら、いくつものテロというものが引き起こすおぞましい光景は目の当たりにしている。
だから、月子が抱えた感情の正体は、ひとつは勝手に着々と望みに反して進んで行く物事に対しての怒りと、それからもうひとつは、そんな恐ろしい光景に、己が組み込まれることへの恐怖だ。
「私、狙われちゃってるって、ことだよね……?」
言葉にしてみて改めて背筋が震えた。
世界統一を掲げる大国がそれを成しえる人間を見付けだし、頂きに据えようとしているのだから、好き好んで自ら独立を遂げた各国が己の土地や地位、今あるべき姿を守ろうとするのは当然のことだろう。理由はどうであれ反発を身に抱えて離れて行ったのにも関わらず、有無を言わせずこちらの事情だけで再び摂り込まれたりするのはどうあっても御免被りたいと考えるのは、可笑しなことではないはずだ。
ならば、世界統一を成し遂げられる権利と素質を持って現れた人そのものを消そうという魂胆は、狙われている側の月子にも深く理解出来た。
「いや、ちょっと待って、だからって狙っていいわけじゃないでしょ。そもそも私、あと数日もしないで帰るのに!」
「ま、予想の範囲内って奴だ。陛下はなにも心配しなくていい。そのためにオレたち七騎士がいる」
恐怖と混乱と僅かな怒りに頭を掻き乱した月子の手ごと覆って、ウォルターが頭を撫でる。
頼もしい台詞と共に降りて来た温かな手のひらに安心したくもなるが、はっと我に返った月子は慌てたように手を落とす勢いで頭を振って、ウォルターに迫った。
「待って待って!あのさ、思ったんだけど、なんで私が皇帝にならないでそのまま元いた世界に還るって公言してるにも関わらず、そういう話しが出てくるの?可笑しいでしょ!帰るんだよ!世界統一しないんだよ!?」
「そりゃ…」
「重鎮たちが、陛下がお帰りを望んでおられることをひた隠しにしているのです」
珍しくあからさまに困った顔をして言い淀むウォルターの続きを引き取ったのは、ジークベルトだった。思い悩むウォルターに構わずさらりと告げられた言葉に、絶句する。
「…なんで」
問い掛けながらもわかっていた。
女神の加護はいらないと自らこの地を去って行ったヒトがいるように、女神こそが総てだと、揺るぎなくこの地を尊び留まったヒトビトもいた。その、女神政権を最たるものとして信仰し続けている人間が、女神の采配を無碍にするはずがないのだ。
我等が女神が選び抜いた人間が、帝天にならない等という選択は、彼等にとって有り得ないことなのではないのだろうか。月子がどう思おうと、陛下だと担ぎ上げられていようと、結局はそれが女神の下した判断を軸に国を、人を回している。
「わたし……」
「陛下」
考えていたよりも、事態はずっと大変だった。
今さら気付いた事実と、襲いかかる現実に下を向く。
「へーいか。そんな顔するなよ。似合わないぞ?ほら、笑って笑ってー」
ウォルターが、顔を覗き込んできて、無理矢理表情筋を引っ張り笑顔を形取らせる。
物の見事に不細工にされた顔で、月子はくちびるを尖らせた。更に表情の造作が崩れる。
「…気休め」
「そんなことないって。はじめて会った時からそう思ってたんだよ、オレは。今期の皇帝サマは笑顔が可愛くて、そんな陛下の騎士でラッキー、って」
「…お世辞」
「だからそんなんじゃないんだってば。オレ、こういうことに関して嘘吐かねーもん」
「…どういうことに関して?」
「えっと…陛下の可愛さの有無に関して、かな…?」
「…ウォルター嘘吐くのへたくそだね」
「………」
時代劇でもあるまし、命を狙われる状況下に置かれたことのない身としては、そうそう簡単に今の現実を受け入れらない。月子の傾く気持ちを察したウォルターに慰められるが、どうにも気分は浮上しない。
俯いたままの月子を自分ひとりだけでは慰め切れないと感じたのか、ウォルターは相変わらず直立不動で立ち尽くしているジークベルトに肯定を求めた。
「なあ、ジーク。陛下には笑顔が一番似合うよな?」
「陛下が御自分で望んでされている表情ならば、なんであれお似合いだと、僭越ながら私は思います」
「……なにその理屈」
求める相手を間違えたのか、予想通りの返答を与えてくれなかった同僚にウォルターは肩を落とす。月子の全てを受け止めているとも取れる答えなのだから、これはこれで大きなフォローのひとつではあるが、趣旨は違う気がした。
なんて声かけよう、と視線を月子に戻せば、彼女は更に顔を沈めて身体を震わせていた。
ジークベルトの言葉はまったく月子の心に届かなかったのか。
ついに泣き出したのかと思い、再度顔を覗き込む。
「陛下?」
「………ぶふっ」
「…あれ」
けれど想像に反して、月子は覗き込んで来たウォルターの視線から逃れるように顔を背けた。その過程で、耐え切れずに噴き出してしまう。
どうやらジークベルトの理屈が予想以上に可笑しかったらしい。場違いにぶるぶると肩を震わせて笑いを堪えている。
笑う場面ではないと、そういう空気を作ったのは他でもない自分だとは思いつつもどうしても耐えられない。ひくと横隔膜が痙攣する。
「お前すごいなあ、ジーク」
「なにがですか」
「いやあ、うん、すごいすごい」
「だからなにが…」
「ほら、やっぱり笑ってる方が可愛いぜ、へーか」
不審そうな顔をするジークベルトを置いて、楽しそうに笑うウォルターにな、と優しく頭を撫でられて、思わず笑ってしまった気まずさも相まって小さく頷いた。




