表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/32

持ち込まれた不穏

忙しなく聞こえてきた足音は案の定月子たちが食事をしている部屋の前でぱたりと止まり、次いで控え目なノックが室内に響いた。呆れとも諦めともつかない顔でもそもそとパンを食べる我等が皇帝に承諾を得て、ウォルターがノックに応える。

返答を受けて音もなく滑らかに開いた扉から頭を下げつつ入室してきたのは、紺の軍服を来た一人の兵士だった。

彼は丁寧に下げていた頭を上げた後、指示を待つためかそこから一歩も動かなくなる。


「……ウォルター」


なんとなしに自分がその指示をしなければならない立場にあって、しなければならないのもわかったが、いかせんそういったものの具合や方法がわからない。

助けてくれ、と隣に座っているウォルターに視線を送る。

その眼差しがあまりにも切迫していたのだろうか、救援を訴えられたウォルターは噴き出すように小さく笑うと、扉の前で微動だにせずにいる兵士に、なにか緊急の用事があるんだろ?と用件を促した。

ウォルターのその言葉を了承と得た兵士は、部屋に入って来るまでの慌ただしい足並みとは正反対にゆったりとした足取りで月子の傍まで歩み寄って来ると、再び深々と頭を下げた。


「陛下、お食事中申し訳ありません」

「…はい」

「アルムホルト卿が先ほど帰還なされました。陛下が本城に御座す旨をお話したところ、謁見を望まれております。如何致しますか?」

「如何致しますかって、言われても…」


淡々と伝えられた用件に眉を寄せる。

それよりも、話の趣旨にいるらしいなんちゃら卿のことがわからない以上、首を縦にも横にも振れないではないか。

隣で優雅に食事を続けるウォルターの脇腹を肘でつついて、小声で話し掛ける。

気が利くらしい伝達係の兵士は、気まずそうな顔で誰何をウォルターに問う陛下のことを、失礼にならない程度に素知らぬ顔をして視界に入れないようにしていた。


「ホルマリン卿、って誰?」

「ホルマリンじゃなくてアルムホルトな。さっき言った偵察のジークベルトのことだ」

「ジークベルト…」


こっちの人間の名前は心底覚え難い、と思いながら、脳内に刷り込むために口の中で偵察のジークベルト、と繰り返す。

誰が誰に何を、の誰がの部分を理解すれば、兵士が尋ねてきた台詞の意味は容易に理解出来た。けれど、それからどうすればいいのか再び眉間にしわを寄せることになる。

如何致しますか、と尋ねられているのだから、イエスかノーで答えればいいのはわかるが、謁見と名目されている事柄を、自分の感情ひとつで決めていいものなのか。

更に食事を進めるウォルターの脇腹を、もう一度小突く。


「どうするって、私に決定権があるの?」

「そうだろうな。どうしても嫌だったら断ってもいいんじゃないのか?」

「別に、嫌なわけじゃないんだけど…。うそ、ぶっちゃけあんまり気は進まないけど…でもさあ……」


どうしていいのか、今一わからないのだ。謁見などと、今までの日常生活でしたこともされたこともない。許可を求められたことだって、もちろんない。

善し悪しの前に、基準が不明瞭なのだ。

うーん、と散々頭を悩ませた後、月子は隣でサンドウィッチを摘まんで満足顔で咀嚼しているウォルターを見遣った。


「……ウォルター、着いて来てくれる?」

「ああ、もちろん。今日のオレは陛下の護衛役なわけだし、頼まれなくったって着いてくぜ。おまけに面白そうだし、これは逃すわけにはいかない」

「…そっか」


ウォルターの不吉な発言は聞かなかったことにして、月子は大人しく返答を待つ兵士に頷いてみせた。


「じゃあ、会うって、伝えてくれますか?その、アムルホルンさんに」

「アルムホルトな」

「あるむほるとさんに」

「承知致しました」


兵士は礼儀正しく、入室してきたように丁寧に腰を折って、そのまま退室して行った。

その背中を見送った月子は溜め息を零す。


「また面倒なことに…」

「そんなに嫌だったんなら断ればよかったのに」

「そうもいかないでしょーが…」


あー、と呟きながら目の前に置かれた食器を避けてテーブルに突っ伏す。

自分は皇帝になるつもりもないのにこうしてそれらしい事柄をこなしていることと、だからこそ断りたいのに、まだなんの権限もない己がやりたいやりたくない、で済ましていいはずがないという半端な責任感に苛まれる。

しかしイエスと頷いたからにはもう今さらで、覚悟を決めるしかない。

はあ、と大きな溜め息をひとつ、伏していた上半身を起こして、銀食器をテーブルに置いたウォルターを見詰めた。


「めちゃくちゃ頼りにしてるからね。よろしく」

「おう、任せとけ」




青が漂う濃い紺色の髪がさらりと揺れる。

アウレリオを始めとした、月子が今まで出会った七騎士の大半が着込んでいた開襟型ではなく、詰襟の軍服を着こなしたアルムホルト卿改めジークベルトは、左瞼を跨ぐ古い傷痕が印象的な、目鼻立ちがくっきりとした顔立ちの男だった。

謁見室に月子が座したのを見計らったようなタイミングで粛々とした態度で入室してきた彼は入るなり早々、階段式になっている台座に鎮座する椅子に腰掛ける月子の目の前で膝を折った。

月が滾々と輝く勢いで星の光を打ち消した夜のような透明な黒を彷彿とさせる双眸が、じっと自分を無言で見詰めてくる。

表情も目の色もなにひとつ変わらないのに、あまりにも熱い視線を注いでくるものだから、月子は居心地が悪くてベルベット地の豪奢な椅子の上で身動ぎをした。

伝達係の兵士から、彼が謁見を望んでいると伝えられたからこそこの場にいるのに、うんともすんとも言葉を発さないのはなにか理由があるからなのだろうか。

困惑して、思わず斜め後ろで護衛役として直立しているはずのウォルターを振り仰ぐ。だというのに頼りにしていると宣言して、言葉以上に頼っているその頼みの綱は、優雅に獣染みた欠伸をして月子の方を見向きもしてなかった。


「………えー…と、用事が、あるって…聞いたんですけど…?」


場を支配する沈黙に耐え切れなくて、わからないなりにも途切れ途切れにジークベルトに用件を問う。そうすれば、ジークベルトはぱちりと瞬きをひとつしてから、ゆったりとした動きで頭を下げた。


「御尊顔を拝する無礼をお許し下さいましたこと、誠に光栄に思います」

「あ、うん…ハイ」

「勝手ながらこの二、三日、陛下の御座す本城を無断で開けた非礼をここでお詫び申し上げます。心より申し訳御座いませんでした」

「うん……」


ああまたこの会話、と心中で呟く。

何故ここまで丁重に扱われるのか、周囲にいくら言われたところで己ではまったく理解出来なくて、またする気も殆どないからか、相手の懇切丁寧な相手の態度にはどうしても違和感を覚えてしまう。

そんなことを考えながらうんうん、と機械的に頷いて相槌を返す月子に、ジークベルトは淡々と用件を告げる。

城から無断で外出したことに対して謝罪を述べた彼は、続けて改めて頭を下げた。


「僭越ながら陛下にお伝い差し上げたいことが御座います」

「はあ…」

「砕けて」

「ああはい、砕けたんですね……え?」


今までと同じように、機械的に頷いてからはっとする。

砕けた?一体なんの話だろうか。考えてから、そう発したのがジークベルトではなく、斜め後ろにいるウォルターの声だったのに気が付いて、月子は背後を振り返った。


「ウォルター?どうしたの?」

「いや、ジークベルトに言ってんの。もっと砕けた方がいーぜ、って」

「…は」

「だからもっと砕け散れって。あ、もちろん口調のことな」

「…え?」


唐突過ぎるウォルターの発言に、月子とジークベルトはぽかんと口を開け放つ。

よくわからない提案を押し付けられたジークベルト本人は月子よりも意味がわからず戸惑っているのだろう、今の今まで無表情に等しかった表情が僅かに崩れている。

自分の護衛役である彼がなにを言いたいのか理解不能で固まる月子よりも早く復活したジークベルトが、何故と瞳で問うのに対して、ウォルターは慇懃無礼に背後から動かない月子の肩をポンと叩いてみせた。


「陛下があまり堅苦しいことが好きではないようでな。帝天(おう)が好まぬことを我等七騎士が表立ってするわけにもいかないだろう?配慮のひとつだとでも思ってもらえばいい。これも陛下のため女神さまのため、ってやつだ。…なっ、陛下?」

「えっ?…まあ、強ち間違いでもないけど…」


理が通っているとは思えない屁理屈で、背後から笑いかけてくるウォルターにそれが言いたかったのか、とぎこちなく相槌を打って曖昧に返事を濁す。が、それだけでも彼には十分だったらしい。微妙な反応を示す月子のことを見たジークベルトは自分なりに納得がいったのか、無表情でウォルターに小さく頷いてみせた。

え、いいのそれで。別の意味で驚いたが、ジークベルトは元よりウォルターまでもが真剣な表情を作っているので指摘することが出来ない。


「…陛下にお伝えしたいことが御座います」

「もっと砕けて」

「……陛下に伝えたいことが御座います」

「もっと」

「………伝えさせて頂きます」

「もう一息」

「……………………伝えます」

「それだ、それでいこう」

「ごめん私が悪かったもういいからやめてあげてジークベルトさん可哀想だわ」


表情こそは一変の変わりもないが、彼の澄んでいる瞳が、付き合いがまったくない月子にもまざまざとわかるほど困惑で揺れている。

それほどまでになにか思うことがあるのなら同じ七騎士というカテゴリに所属しているわけだし断ればいいものの、とも思ったが、なんにせよ元の発端は自分でもあるので彼も口に出し難いのかもしれない。

ひとり置いてかれる話の中心にいるはずの月子を放って真面目に言葉を交わす、ふたりの間に慌てて割って入った。

真摯な表情を作りながらも何処となくきらきらとした表情でジークベルトに迫るウォルターを押し止めて、再度改めてそれで用件の方は、と極めて明るい笑顔で問い掛ける。

そうすれば彼はほっとした表情で、申し上げますと前置きをした後に口を開いた。


「近隣国の幾つかで、不穏な動きがあります」

「…うん?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ