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次なるもの

「もうそんなに顔合わせたのか?すげーな」

「それってすげーことなの?だってまだ…って言い方も可笑しいけど、全員に会ったわけじゃないのに」


昨日のアウレリオと同じように月子の朝食の席にちゃっかり同席して良い食べっぷりを発揮しているウォルターの感嘆する言葉に疑問を感じる。

その名の通り、七人いる騎士である皇帝陛下の盾であり矛である彼等に既に昨日今日で四人会った、と伝えただけなのになにをそんなに驚くことがあるのだろうか。

不可思議な顔をしてコーンポタージュに似た風味のまろやかなスープをスプーンで啜る月子に、ウォルターが感心したように頷く。


「おー、四人でも十分すげーよ。七騎士って結構多忙でさ、ヒューは陛下の護衛が主な仕事だからいつも陛下の傍にいるのが当然なんだけど、アウレリオとかジュストは遠征やら外交やらで城にいることのが少ないんだよ。通例報告の時とか、今回みたいに国を挙げての行事でもないと帰ってこないくらいにはな。…だからまあ、召喚儀があったから珍しく全員集められてたし、ほとんどに会えてたとしても可笑しくはねえっちゃねえんだけど…。運は良いのかもな。既にあいつらは今朝早く此処を発ったらしいし、今度はいつ帰って来るかも不明みたいだし?」

「ええっ、アウレリオとジュストお城にいないの!?」


月子が七騎士の半分以上に会えたことの貴重さをウォルターが手解きするが、彼女の関心は別のところに向けられた。

言葉尻に被せて発せられた月子の叫びに押されてウォルターが身を引く。


「…だから、あの二人は城に留まってる時間より国外にいる時間のが長いんだって」

「えええー…うそぉ…」

「…凄いへこみようだな。そんなに俯いたらスープに前髪浸るぞ」


自分の話で背後に縦線を背負って項垂れる月子の前髪を丁寧に持ち上げてくれるウォルターは、優しげな言葉とは裏腹に表情で不服を語っている。

折角気兼ねない友人らしき仲を手に入れたばかりだというのに、昨日今日で別れなければならないのは月子に少なくないダメージを与えた。言っては何だが彼等にくっ付いていれば、七日を過ごさなければならない重荷を軽減出来る気さえしていたので、負った傷はそれなりに深刻である。

ちょっとショックかもしれない…と気持ちのままに沈む月子の前髪を支えたまま、月子の知らぬところで面白くないとウォルターは眉間にしわを刻む。

こちらとしては皇帝陛下と知り合いになれて、しかもただの皇帝と臣下の関係ではなさそうな雰囲気が漂うだけに留まらず、前代未聞なことに友人になってくれると皇帝自らが承諾したというのに、他の人間のことに意識を持ってかれるのは面白くない。

手に入れたばかりの真新しい玩具を横取りされたような気持ちが、しかもこの場にいない人間に取られたこともあって更にウォルターは不服な感情を募らせる。


「なんだ、オレじゃ不満か?」


言いながら持ち上げた前髪の隙間から月子の俯けた顔を覗き込む。

どんよりとした空気を纏った月子は、下げた顔はそのまま上目遣いでウォルターを見詰めた数秒の後、顎を軽く引いて肯定の意を示した。


「ぶっちゃけうん」

「…冗談抜きでぶっちゃけたな…」

「まあ冗談だけど」

「……」

「あっ前髪が!」


見事スープ味になってしまった前髪を手元のナプキンで懸命に拭う月子を見て、やっぱりアウレリオが言った通り歴代の帝天(おう)とは違うのだろうとウォルターは楽しげに苦笑を漏らした。

背後で自分が月子に行った行為におろおろと目に見えてうろたえる給仕たちの動きを片手で振って止める。それから未だに沁み込んだスープ味を落とすことに掛りっきりでいる月子から件の前髪を横から奪って、手元にあったハンドタオルで丁寧に拭いてやれば、見る限りでは普通の髪に戻っていた。

湿った前髪を再び丁寧に月子の額に戻してやると、彼女はくんくんと鼻を動かして前髪の匂いを嗅ぎ、満足したのかありがとう、と笑う。それから、僅かに表情を崩してさっきのはほんとに冗談だからね、とハンドタオルを折り畳むウォルターに念を押した。


「わかってるよ」

「ならよかった。ごめんね、ありがと」

「いえいえ、どーいたしまして」


あまりにも真剣に月子が訴えるのでウォルターは湿った月子の前髪をくしゃりと撫でる。

その動作と返事に月子はにぱっと鮮やかな笑顔を返す。

気を取り直して遅めの朝食を再開するためにスプーンを手にしたところで、思い出したように月子があ、と声を上げた。


「どうした?」

「さっきの話なんだけどさ、アウレリオとジュストみたいに、ウォルターも遠征?とかいかないの?」


先の会話の中に、アウレリオとジュストは城に留まっている期間よりも外に出ている期間の方が長く、反してヒューバートは自分の傍にいることが常だという話は聞いたものの、今目の前にいる彼自身の話は出て来なかった。

アウレリオとジュストが仕事であろうと既に城内にいないという事実はとても残念だが、ウォルターでは不満だという先の言葉は冗談以外のなにものでもない。そんなに長い時間を共にしたわけではないのに、ウォルターは親しみ易く気さくで、豪快な性格に反して人並み以上の気配りも出来る温かい人だった。

例えばもし、そんな馴染み易い彼もアウレリオやジュストのように城外で働かなければならない仕事が主なのだとすると、折角深めつつある親交が再び中途半端で終わってしまい、残念至極な思いを抱えるはめになる可能性がある。大袈裟かもしれないが、それらは月子にとってこの何日を過ごす大切な要因のひとつだ。

いつも傍にいてくれるブロワーズ兄妹が云々、と言うわけではないが、彼等は一般的な人生を歩んできた月子には様々な意味合いで交わり難いところがある。彼等のことを思うと、気軽に会話を楽しめる相手が欲しいという気持ちとしては、尚更だ。

気難しげにくちびるを尖らせる月子の気持ちを察したのかは定かでないが、ウォルターは努めて明るい風情で首を横に振った。


「オレは中も外も半々かな。その時の状況によって色々と臨機応変に動けるように使われてるから、実質穴埋め要員ってとこ」

「じゃあ今日はヒューバートさんの穴埋めってこと?」

「そ。余談だけど、七騎士はひとりひとりに役割があってな。って言っても正式なわけじゃない、ただ単にそれを主だって仕事としてるってだけだが…言うなれば周囲の認識みたいなもんか。人それぞれに向き不向きがあるから、個を見極めた末に重鎮たちが決めたレッテルみたいなもんでもあるのかな。とりあえず周囲からは多分それこそが誰々の仕事って思われてるものが七騎士(おれら)にはあるんだよ」

「ほほおう…?」


ウォルターがそう頻繁に城外に出るわけではないと知って少しばかり安心し、他の方向に視線を持っていける心積もりの中に飛び込んできた、よくわからない、が、興味をそそられる話に、月子は顔を傾けた。

疑問と好奇心を全面に押し出す月子に、食事に使っている銀食器を指揮のようにくるり、と回して、ウォルターは笑う。


「簡単に説明するとだな、ヒューは陛下の護衛、アウレリオとジュストは外交、オレは充補、ジークベルトは偵察、マティウスが暗躍、エリクが象徴、か。あ、ちなみに七騎士じゃないけど、リリスは宰相な。細かく言えばもっと個が出てくるとは思うんだけど…、オレそういうの苦手だからこれで勘弁してくれ。もっと詳しく知りたかったらヒューにでも聞いてな」

「ううん、ありがと。解り易かったよ。たぶん、なんとなく理解出来たとは思うんだけど…。えっと…名前、聞いたことのない人は、会ったことない人だよね?」


意気揚々と振るった銀食器でフルーツサラダを刺すウォルターの話は、縦と横の言葉の羅列ばかりで今一よく理解出来なかったが、言いたいことはなんとなしにわかった。

礼を述べ、更なる疑問を口にする。


「だろーな。そうするとまだ会ってないのは…ジークベルトとマティウス、エリクか。でも陛下運良さそうだし、すぐ会えるんじゃないか?」

「えー…それって喜ぶとこ?」


返って来た答えがあまり嬉しくなくて、眉を寄せる。有り難くもなんともない運の良さだ。

微妙な顔をする月子に、どうしてそんな表情をするのかがわからないウォルターは不思議そうにだって、と言葉を重ねた。


「とっとと顔合わせればそれだけ早く懐柔出来るじゃん」

「しないよ、そんなこと」


なにせ自分は皇帝になる気すらないのだから。続けかけた台詞は穏便にことを進めるために飲み込んだ。

その言葉に引き摺られて元の世界に帰らなければ、という気持ちが湧き上がって、未だに不思議げな顔をしているウォルターに気付かれないように嘆息する。

けれど隠したはずの憂鬱な感情は、七騎士という地位を誇張ではなく背負うウォルターには見通されていたらしい。彼は独り言ともとれる呟きで口外に月子を励ました。


「オレはもうされてるのになー」

「懐柔?」

「わんわん」


にやにやと獣染みた風情で、それなのに悪戯好きな少年みたいな風にも見える子供っぽい表情でウォルターが笑う。口の端から人より尖った犬歯が覗く。


「…ちょっときゅんってした」

「陛下がオレに懐柔されちゃ駄目だろ」


楽しそうに頬杖を付くウォルターと、そこからは遅めの朝食を満喫しながら他愛もない話しを沢山した。前の日にアウレリオやジュストに話してみせた自分の世界のことや、ウォルターの昔話など、些細なことに花を咲かせて笑い合う。

そうしてゆるやかに流れて行く時間は、…不意に遠くから聞こえてきた慌ただしい足音によって終止符を打たれてしまった。


「…またかよ」


思わず口を吐いたのは罵りだった。されどこれが月子の純粋な本心である。

まだ足音が聞こえただけでなにがあったわけでもないが、こちらにきてからやたらと働く己の第六感が、これは面倒なものを運んでくる前兆であると知らせてくる。

おまけに月子と同じく…否、きっとそれよりも早く前兆を聞き取っていただろうウォルターが、意地の悪い微笑みで喉を鳴らすのだから、これはもう、月子にとっての厄介事で確定だろう。


「ああほら、陛下、さっそく来たぞ?」




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