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デバッグ・アウト! 〜自作乙女ゲーの悪役令嬢に転生したけど、クソバグだらけでセルフ尻ぬぐいしてる件〜  作者: 上園 千紗


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第4話 T字の協力関係(後編)

 戻ってきたカイルからまたたびを受け取り、裏庭を出た。


 校門付近は、始業時間が近づいて人が減ってきた。

 しかし、正面玄関には相変わらずモブが大量に突っかかっている。


 人を避けながら進んでいると、視界の端に会いたくない人の姿が映った。


「おい」


 ものすごく機嫌の悪そうな声が聞こえた。

 レオだった。

 人一倍長い腕がよく映える、美しいTポーズをしている。


「おはようございます、王子」

「なぜ、昨日教室に来なかった」

「申し訳ありません、下校時間になってしまったもので」


 レオは私の手にあるまたたびを見て続けた。


「それは何だ。何をやっているんだ」

「猫集めです。先を急ぎますので、これで」

「待て、話は終わってない。お前、最近気が緩みすぎだ。俺の婚約者として恥ずかしくない振る舞いをしろ」


 Tポーズのくせにしつこい。


 こいつは初っ端からエルザを婚約者として扱っていない。

 恥ずかしいのはこいつの方だ。


 自分で書いた台詞に自分でイラついている。

 なんとも不思議な状況である。


「いずれ王家の人間になるんだぞ。わかっているのか」


 大変まじめなお顔をされているが、Tポーズだ。

 イラ立ちが和らいできたが、やっぱり腹が立つので一刺ししておく。


「わかっていないのは、どちらでしょうね」

「なんだと?」

「ああ、ほら。あれは愛しのニーナ嬢ではありませんか?」


 ちょうど校門からやってきたニーナに視線を向けた。

 かわいそうに、ニーナもTポーズだ。

 レオは言葉に詰まった。


「では、お幸せに」


 満面の笑みで皮肉を言って、その場を立ち去った。

 歩きながら、自分の書いた物語を思い出す。


 レオとエルザは幼馴染で、小さい頃は仲が良かった。


 しかし婚約が決まって以来、レオはエルザを避けるようになった。

 エルザが悪いわけではない。

 たとえ婚約者がエルザ以外の誰かでも、レオは拒んだだろう。


 彼は王家に生まれながら、心根ではそうしたしがらみを嫌っている。


「にゃーん」


 猫の鳴き声でハッと我に返った。

 気づけば裏庭の前だった。

 後ろには、数十匹の猫が列をなしていた。


「よしよし、行きましょうねえ」


 またたびを振りながら、裏庭に入る。


 先にカイルが戻っていた。

 目算で、すでに五十匹ほどの猫がいる。


 私の後ろからも、次々と猫が入ってくる。


「よし、これで大丈夫かしら」


 全ての猫を誘導し終えた。

 ふうと息をついた瞬間、猫たちの動きが一斉にピタリと止まった。

 すぐにまた動き出したが、数匹の猫のアニメーションが止まり、スーッと平行移動し始めた。


「まずい、カクついてる」


 今度は、裏庭に猫を入れすぎてしまったようだ。


「カイル、二十匹ぐらい中庭に連れて行ってくれない?」

「裏庭に隔離するのではないのですか?」

「このままだと、裏庭がダメになるわ。少しぐらいなら、中庭に入れても大丈夫」


 処理負荷、恐るべし。

 しかし今回の件で、一つの場所に置ける人や物の数には限りがあるとわかった。


「わかりました。でも、中庭は王家の管理では?」

「いいのいいの、後で許可取っとくわ」


 カイルは頷くと、猫を連れて校舎内に消えていった。


 猫が外に出ないよう、入口には苦丁茶を撒いておく。

 先ほど、使用人に用意させておいた。


 昨日の反応から、猫は苦丁茶が苦手なようだった。

 気休め程度にはなるだろう。


 ほどなくして、カイルが戻ってきた。


 これで、裏庭も大丈夫だろう。

 校門付近も負荷が減って、元に戻っているはずだ。


「直っているか見に行きましょう」


 カイルとともに、裏庭を出る。

 大きいバグを直した後の動作確認は、いつも少し緊張する。


「あっ!」


 正面玄関が見えてきた。

 モブが詰まっていた場所に、誰もいなくなっていた。

 おそらく全員遅刻だが、無事に授業に行ったのだろう。

 バグ証明を発行してあげたい。


 念のため、校門の方も確認しに行く。

 門の脇に立つ警備員は、いつも通り、腕を下ろして立っていた。

 近くにいた庭師も、問題なく枝を伐採している。


「直ってる!」


 カイルを振り返って、手を伸ばした。


「なんですか?」

「ハイタッチ! したことないの?」


 カイルは、少しむっとしたような顔をした。

 一拍置いて、力強いハイタッチが返ってきた。

 パーンと、いい音が響いた。


*    *    *


 その後、カイルと一緒に猫まみれの裏庭に戻った。

 ベンチに座って、一息つく。


「それで、奇病のことは教えていただけるのですか」


 カイルが言った。


「教えるって言っても、私も大したことは知らないのよね」


 原因と修正方法は見当がつくが、そもそもどんなバグが潜んでいるか未知数だ。


「カイルは今まで、他にどんな奇病を見たの?」

「壁にぶつかっているのに歩き続けている人や、同じ台詞を繰り返す人ですね。僕自身も、一度椅子に足を取られて動けなくなりました」

「どうやって抜け出したの?」

「転げ回っていたら抜け出せました」

「がんばったのね……」


 肩を叩いてねぎらいたくなる。

 私も初日にベッドの脚に捕まって、洗礼を受けた。


「とりあえず、私はこの奇病を地道に直していこうと思ってるわ」


 自分の安全のためでもあるが、バグを放っておくわけにはいかない。

 これは、私の使命だ。


 かっこよく言ってみたが、バグを生んだのは他でもない、私である。


「それで、まずは奇病マップを作ろうと思ってるの」


 カバンからノートを取り出した。

 昨日作っていたマップを、カイルに見せる。


「学園の地図ですか? この×と△の記号は?」

「×は奇病が確実に発生する場所、△は怪しい場所よ。で、○が安全」

「○がないように見えますが」

「ないわね」

「ないのかよ」


 カイルがハッとしたように顔を上げた。

 私も少し驚いたが、ふっと息を吐いて笑った。


「そっちの方がいいわ」


 カイルが、横目でこちらを見た。


「これから、協力し合うんでしょう?」

「……それもそうだな」


 立ち上がって、カイルに向き合う。

 手を差し出して、私は言った。


「あらためて、よろしくね」

「ああ」


 差し出した手をパーンと叩かれた。


「そこは握手でしょ!」


 協力の第一歩は、小気味良い音とともに、失敗に終わった。


*    *    *


 家に帰ってから、私はふたたびノートと睨み合っていた。


『ルート4:恋敵 適度にいじめ 謹慎に』


 この世界に来てすぐに書いた、ルート川柳だ。

 最近の出来事を通じて、いじめっ子適性がないことはよくわかった。


 しかし、まだルート4を諦める必要はない。


「婚約破棄」からの「自宅謹慎」。

 おそらくこの二つのフラグを満たせば、ルート4が達成できる。


 ニーナをいじめる以外の方法で、なんとかして婚約破棄フラグを立たせられないだろうか。


 鉛筆を回しながら考える。


「断罪イベント……」


 鉛筆を握りなおして、ノートにその単語を書き込む。


 婚約破棄はエルザの「断罪イベント」で正式に成立してフラグが立つ。

 過程がどうあれ、そのイベントさえ起こしてしまえばルート4をクリアできるかもしれない。


「ないなら、作るまでよね」


 ここに来てからデバッグばかりしているが、私はクリエイターだ。

 ニーナをいじめず、断罪イベントに到達するルートを作り上げてみせる。


 早速、人物表を書き出した。


『ニーナ、レオ』


 とりあえずこの二人をくっつけることは必須だ。


『ハンス』


 エルザの父、ハンス。

 この人を納得させなければ、婚約破棄できても島送りにされる。


「それから……」


 そこまで書いて、ふとカイルのことを思い出した。


 ここは私が作った世界だが、誰もそれを知らない。

 皆、気ままに暮らしている。

 カイルが特にそうだ。

 

 そんなキャラクターたちを見ていると、時折言葉にできない感情がわいてくるのだ。


「ダメダメ、集中よ」


 頬を叩いて、鉛筆を握りなおした。

 脱線しかけた思考をノートに戻す。

 久しぶりの創作ナイトは、静かに更けていった。


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