第4話 T字の協力関係(前編)
カイルは、まっすぐにレオを見ていた。
「これを」
カイルは、私の腕に視線を落とした。
レオに掴まれたあたりに、血のにじむ傷がある。
さきほど猫に引っかかれたものだ。
レオは手を離し、バツが悪そうな顔をした。
「あとで教室に来い」
それだけ言って、レオは校舎に戻った。
私はホッと息をついて、カイルを見た。
「ありがとう、助かったわ」
「なぜ、そこまで校舎を避けるのですか?」
カイルは、足元にすり寄ってきた猫を撫でながら言った。
言葉に詰まる。
この男は他のNPCと違って明らかに異質だ。
深く関わるのは危険だという思いもある一方、いつも助けられている。
どこまで伝えるべきか。
そもそも、どう説明しよう。
「話すと長いんだけど――」
言いかけたとき、チャイムが鳴った。
「あっ」
ブツンと視界が真っ暗になった。
18時だった。
* * *
翌朝。
昨日はカイルと話せずに終わってしまったなとか、レオをどうしようとか、夜の間に色々と考えたのだが、校門をくぐった瞬間に全て忘れた。
目の前に、とんでもない景色が広がっていた。
「おはようございます」
「おはよう、いい朝ね」
モブの生徒たちは、いつも通り雑談を交わしながら校舎に向かっている。
校門に立つ警備員も、笑顔で生徒に挨拶をしている。
――もれなく全員、Tポーズで。
Tポーズとは、文字通り両手をピンと広げたTの字の格好だ。
キャラクターをデザインする時の基本ポーズで、いわば初期状態だ。
開発中は頻繁に目にするが、製品版でこのポーズを見ることはまずない。
つまり、ものすごくわかりやすいバグだ。
「なんてこった」
手も足もアニメーションしていない。
カカシのような状態で、前方にスーッと平行移動している。
制作者として、こんなバグを出すことは恥なのだが、正直面白い。
「あっ」
その様子を見て、一つ嫌な絵を想像してしまった。
当たらないでほしいと思いながら、正面玄関に走る。
残念ながらそこには、私の想像通りの光景が広がっていた。
大量のモブが、玄関のドアに突っかかっている。
両手を広げているせいで、通れなくなっているようだ。
モブが、次々と溜まっていく。
「これはまずいな」
ひとまず、人がいない裏庭で作戦を立てよう。
慎重にモブの隙間を潜り抜け、裏庭を目指す。
急ぎたいところだが、モブの腕に引っかかって動けなくなると困る。
「にゃー」
裏庭に近づくにつれて、猫が増えてくる。
人気の代わりに、猫気があるのを忘れていた。
裏庭につくと、カイルがいた。
カイルは足音に気づいて、こちらを見た。
「おはようございます」
「おはよう」
カイルはベンチに座って猫を撫でている。
Tポーズ化していないようだ。
それで確信した。
この男は異質だ。
転生者とは限らないが、私と近しい、この世界にとっての異物。
気になるところだが、まずはバグを直さねば。
裏庭の真ん中まで歩いて、胡坐をかいた。
すぐに、数匹の猫が寄ってくる。
昨日の塩対応は、苦丁茶のせいだったのだろう。
「皆、奇妙なポーズをしていましたが、これも奇病の一種なのですか?」
カイルが言った。
「ええ、典型的なやつよ」
「あなたが校舎を避けるのは、奇病が関係しているのですか?」
「まあ、そうね。校舎内のほうが奇病になる確率が高いというか」
「伝染病なのですか?」
「……ものによる」
カイルは腕を組んで、眉間にシワを寄せた。
そして立ち上がって、傍に歩み寄ってきた。
「僕はこの奇病のことを知りたいと思っています」
「なぜ?」
「探しているものと、この奇病がつながっていると考えているからです。あなたを観察していたのは、何かヒントが得られそうだと思ったからです」
カイルは、私の正面に腰を下ろした。
「あなたの知っていることを教えてくれませんか」
真剣なまなざしだった。
こんなまじめなキャラを、この私が作るだろうか。
何にせよ、悪いやつではないことは確かだ。
バグるリスクはあるが、味方になってくれれば、心強い。
「わかった。でもまずは、今学園を蝕んでいる奇病を治しましょう。話はそのあとよ」
「わかりました」
カイルは大きく頷いた。
話している間に、猫が二匹膝に乗ってきた。
にゃーにゃーと裏庭中に鳴き声が響いている。
「これだけ大量にいると、さすがにうるさいですね」
「そうね。ん……? 大量……」
ふいに、一つの可能性が頭をよぎった。
膝の上に乗る猫を抱き上げて、じっと見つめた。
「君たちのせいでは?」
一匹であれば問題なかったが、推定百匹の猫の処理負荷が大きすぎて、モブの処理が間に合っていないのではないだろうか。
簡単に言うと、増えた猫を動かすのが大変すぎて、人間が上手く動かなくなっている。
その結果、全員がTポーズになった。
カイルにも、かみ砕いて病気の概要を伝えた。
「つまり、学園から猫がいなくなれば人間が治ると?」
「ええ」
人道的に猫を消すには、里親を見つける必要がある。
もちろん、非人道的な手を取るつもりは、はなからない。
「王宮でまとめて引き取ってもらえませんかね?」
「この数は無理じゃないかしら……」
腕を組んで考える。
しかし「まとめて」というのはいい着眼点かもしれない。
おそらく今、人と猫が多い校門付近の負荷が非常に高い。
猫を別の場所に移せば、その分、校門付近の負荷は減るはずだ。
肝心なのは、どこに移動させるかだ。
なるべく人が少ない場所に移動させなければ、移動先で同じバグが発生する可能性がある。
とすると――。
「カイル、猫をここに集めましょう」
「ここにですか?」
お気に入りの場所だが、仕方ない。
一番猫を集めやすく、人が少ないのは裏庭だ。
「ええ。病気の原因をここに集約して、隔離する。そうすれば校門は正常に戻っていくはずよ」
カイルは難しそうな顔をしながらも、頷いた。
「設計上、猫は校舎には入っていないと思うわ。外を中心に探しましょう」
「では、僕は北側を中心に探します。あなたは南側を」
「その前に、演劇部の部室にまたたびがあるから取ってきてくれない?」
「……演劇部には予知能力者でもいるんですか?」
校舎に入っていくカイルを見送る。
私は使用人を呼んで、別の準備に取りかかった。




