第3話 ニーナの目的(後編)
「ニャーン」
「きゃあ、猫ちゃん!」
ニーナが嬉しそうに立ち上がった。
振り向くと、一匹の黒猫がいた。
「ああ、そんなイベントあったな」
学園に迷い込んだ猫をきっかけに、里親探しに発展するイベントだ。
エルザの行動次第で、エルザかニーナのどちらかが里親探しをすることになる。
エルザがやれば、この活動で隣国の王子とのコネクションができる。
隣国王子ルートと、商才開花ルートのフラグなので、謹慎ルートには必須ではない。
バグると面倒なので、里親探しはニーナにやってもらおう。
そう考えていると、茂みが再びガサゴソ鳴った。
「……ん?」
黒猫がもう一匹出てきた。
「んん??????」
仕込んだ猫は一匹のはずだ。
嫌な予感に身構えると、茂みから三匹目の黒猫が登場した。
「増殖してる」
一匹、また一匹と黒猫が増えていく。
気付けば、十匹以上になっていた。
無限増殖バグだ。
このままでは、猫が増え続ける。
この猫は、お茶会イベントをトリガーに出現する。
ニーナが裏庭を出ていけば、茶会終了と判定されて、猫の生成も止まるだろう。
さっさとニーナを帰らせよう。
「きゃー! 猫ちゃんがいっぱい!」
「ニーナさん、暗くなる前に帰ったほうがいいんじゃないかしら」
「いやです! こんなに猫ちゃんがいるのに!」
手強い。
18時になれば強制終了だが、あと三十分はある。
今のペースで猫が増殖すれば、数百匹は生成されてしまいそうだ。
解決策が思いつかないまま、時間が過ぎる。
その間にも猫は増えていった。
「まずいな……」
立ち上がって、茂みの方へ向かう。
猫が出てくる辺りを覗き込んだ。
じっと見ていると、何もない空間に、突然ポッと黒猫が現れた。
ここが猫の発生地点で間違いない。
何か大きな物を置いて、発生地点を物理的に塞ぐか?
しかし、万が一失敗したら、猫ちゃんが怪我をする可能性もある。
「猫ちゃんの安全第一よ」
やはりニーナを帰らせようと、後ろを振り返った。
ニーナは地べたに座り込んで、猫を吸っていた。
絶対に帰らなさそうだ。
頭を掻きむしっていると、近づいてくる足音があった。
「またあなたですか」
振り返ると、カイルがいた。
右手に三匹ほど猫を抱えて、左手にはまた黒い本を持っている。
「どうしてここに?」
「……やけに猫が多いので出所を探していたら、ここに着きました」
すでに猫たちが裏庭から溢れ出しているようだ。
カイルは、猫を地面にそっと下ろした。
「……やっぱりだ」
カイルは持っていた本を見て、小さくつぶやいた。
「何がやっぱりなの?」
「何でもありません。それで、これも直せるのですか」
妙にあの本を気にしている。
私も気になってきたが、カイルはさっさとポケットに片付けてしまった。
「あの子を裏庭から出せば止まるのだけど、出て行ってくれないの」
「どなたですか」
ニーナは、顔に猫を乗せて仰向けに伸びている。
私もやりたい。
「ニーナよ。とにかく、何とかしてあの子を裏庭から出したいの」
「相変わらず意味不明ですね」
カイルはため息をついた。
同時に、一匹の猫が私に近づいてきた。
猫は私の匂いを嗅ぐと、突然シャーッと毛を逆立てた。
原因は、恐らく苦丁茶だ。
率直に悲しい。
だが、一つ策を思いついた。
シャーシャー言っている猫を素早く抱き上げて、叫ぶ。
「ニーナさん、大変! この猫、怪我してるの! 痛そうに鳴いてる!」
ものすごく嫌そうな鳴き声と共に、顔面にパンチを食らった。
申し訳ないが、猫様には少々こらえていただく。
「えっ! どこをですか!?」
ニーナが飛び起きて走ってくる。
「え、えーっと、前歯!」
「猫の切歯は上顎に六本、下顎に六本、合計十二本ですがどれでしょうか!?」
ニーナが猫の顔を覗き込もうとする。
身体を捻ってそれを回避し、横にいるカイルを肘で突く。
「ほ、ほら、カイルさん。痛そうでしょう?」
「そうですねー痛そうですねー」
もう少し痛そうに言って欲しい。
いいやつだが、大根役者だ。
「と、とにかくお茶会どころじゃないわ! 先生を呼んできてちょうだい! 急いで!」
「わかりました!」
私の必死さに押されたのか、ニーナは全力疾走で校舎内に去っていった。
「いたっ」
同時に、抱えていた猫に腕を引っ掻かれた。
思わず腕の力を緩めると、猫がするりと飛び降りた。
一度振り向き、綺麗な歯を見せてシャーッと鳴くと、そのまま去っていった。
なんだか、死体蹴りされた気分だ。
「これで止まったのですか?」
「ええ、多分。でも、どうしようこれ……」
裏庭は、数えきれないほどの黒猫で埋め尽くされている。
黒猫は、里親が決まるまで学園で飼う流れになる。
当面の間、バグ猫たちと一緒に過ごさなくてはならない。
途方に暮れていた時、校舎に続く扉からぬっと人影が現れた。
ニーナがもう帰ってきたのかと焦ったが、違った。
「なんだこれは」
レオだった。
面倒なやつが来た。
レオは、裏庭の猫を見て目を丸くしている。
「ごきげんよー」
とりあえず適当に挨拶しておく。
「お前の仕業か」
レオがズカズカと歩み寄ってくる。
正確にはエルザじゃなく、制作者としての私の仕業だ。
「いえ、これは……」
「来い。お前、最近授業もサボっているだろう」
レオに腕を掴まれた。
そのまま強引に引っ張られる。
「え」
まずい、お説教か?
ちょくちょく説教イベントは発生するが、校舎内は安全が担保されていない。
このまま連れていかれると困る。
「ま、待ってください」
足を踏ん張って抵抗するが、ズルズルと引きずられる。
レオを殴ったら処刑とか、そういう設定はしていただろうか。
殴れずにいると、横からも腕を掴まれた。
「お待ちください」
カイルだった。
「なんだ、貴様は」
レオが顔を歪めた。
突如始まった見覚えのないイベントに、背中を冷や汗が伝うのを感じた。




