第3話 ニーナの目的(前編)
からりと晴れ渡った青空の下、私は今日も裏庭で授業をサボっていた。
新緑が明るい日差しを浴びて、清々しく輝いている。
この世界に来てから、早くも一か月が経とうとしていた。
生活にも慣れて、ちょっぴり憧れていた海外留学気分を満喫している。
しかし、そろそろ目的に向けて行動しなければならない。
このゲームは1年かけて進むが、タイムリミットが来た時にフラグが不十分だと、強制的にレオと結婚することになる。
「とりあえず、ニーナに嫌がらせしてフラグを立てないとな」
ノートをパラパラとめくりながら呟いた。
この一か月、無為に過ごしていたわけではない。
学内マップを書いて、安全域と危険域の仕分けをしていた。
ルート4に必要なフラグも洗い出しておいた。
ニーナは、とある目的で私と話したがっている。
まずはそれを餌に、茶会に誘って嫌がらせフラグを回収する。
「よし、目指せ自宅謹慎!」
ちょうど昼休みを告げるチャイムが鳴った。
張り切って歩き出し、テーブルのコリジョンに引っかかって転んだ。
* * *
ニーナは学園の東側にあるベンチにいた。
ポツンと座って、昼ごはんを食べている。
庭でもなく、ただの通路のような場所だ。
平民の彼女は、この学園に馴染めていない。
一人でいることが多いので、話しかけやすい。
「ニーナさん」
声をかけると、ニーナは驚いた顔をした。
手にしていたサンドイッチが、ポトリと落ちた。
もったいない。
荒くつぶした卵が挟まっていて、おいしそうだ。
「エ、エルザさん!」
「あなた、私と話したいと言ってたわね」
高圧的な態度を意識する。
長年下っ端プランナーとして働いていたので難しい。
「は、はい!」
「なら、今日の放課後裏庭でお茶しましょう」
「よ、よろしいのですか!?」
ニーナは勢いよく立ち上がる。
「準備は私がするから、手ぶらできて構わないわ」
「あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」
「それ、ちゃんと片付けておきなさいね」
地面に落ちたサンドイッチを指さす。
下っ端精神ゆえ、本当は手伝ってあげたいが、我慢して踵を返した。
* * *
放課後。
裏庭の質素なテーブルは綺麗なクロスが引かれ、花まで飾ってある。
おしゃれな三段皿には、色とりどりのスイーツが並んでいた。
我が家の使用人に頼んで、用意してもらった。
使用人は常に校門付近で待機しており、学園生活をサポートしてくれる。
行動パターンは少ないが、大変便利だ。
グッジョブ、私。
うるさく鳴る腹をさすりながら、座ってニーナを待つ。
「エルザさまー!」
ほどなくして、ニーナが走ってきた。
怖いくらいの全力疾走だ。
「お待たせして大変申し訳ありません! 先生に呼び止められてしまいまして」
「言い訳はいいわ。早く座りなさい」
「はい、申し訳ありません……」
ピシャリと言い放つと、ニーナはしょんぼりしながら座った。
慣れない。
「スイーツを用意させたから、お好きに召し上がってちょうだい。お茶は紅茶とハーブティー、珍しい東方のお茶もあるわよ」
「東方のお茶⁉︎ ぜひ飲んでみたいです!」
ニヤリと口角を上げる。
絶対にそれを選ぶと思っていた。
「あなた、例のお茶を二つ。アイスでお願いね」
「かしこまりました」
使用人は、一礼して準備に取りかかった。
「エルザさま。その……どうして私をお茶に?」
「平民に興味があっただけよ」
「そうですか……実は私、エルザさまにお伺いしたいことがあるのです」
「あら、一体何を?」
「えっと……」
ニーナは、落ち着きなく腕をさすった。
そこへ、使用人がお茶を運んでくる。
ティーカップに、澄んだ緑色のお茶がなみなみと注がれている。
「わあ、これが東方のお茶……」
「どうぞ、ゆっくり味わってちょうだい」
ニーナは、カップに口をつけた。
その瞬間、かわいらしい顔が露骨に歪んだ。
「どうかしら?」
「えっと……」
テーブルに出されたそれは、「苦丁茶」というお茶だ。
世界で一番マズいと言われている。
ニーナへの嫌がらせのためのアイテムだ。
「お口に合わなかったかしら?」
「そ、そんなことありません! お、おおおおおいしいです!」
ニーナは咳き込みながらお茶を飲み干す。
「まあ、よかった! 私の分もぜひどうぞ!」
「えっ」
笑顔でニーナにカップを差し出す。
ニーナは、カップを手にしたまま固まった。
その喉が、ゴクリと生唾を飲んだ。
「とっても健康にいいのよ」
「そ、そうなんですね……でも、その……」
ニーナがたじろぐ。
私は静かに目を細めて、カップの取っ手をグッと握りしめた。
「私のお茶が飲めないって言うの?」
飲み会のジジイみたいなセリフだ。
嫌悪感がすごいが、「いじめフラグその1:ニーナにお茶をかける」回収のためにがんばる。
「そう」
カップを持ち上げ、ニーナの頭上に掲げる。
そして容赦なく、黒髪の上でカップをひっくり返した。
――のだが。
「えっ?」
なぜかこぼれない。
あんなにたっぷりとお茶が入っているのに。
どういうことだと、下からカップを覗き込んだ瞬間だった。
「ぎゃあっ!」
「きゃあ! え、エルザさま!」
顔面に苦丁茶を浴びた。
ラグったのだろうか。
バグに悪意を感じる。
「大丈夫ですか!? 失礼いたします」
ニーナがハンカチで髪を拭いてくれる。
真っ白なハンカチがお茶を吸って汚れた。
「やっぱいじめるのムズイわ……」
使用人が、タオルを持って駆け寄ってくる。
ふかふかのタオルで顔を拭きながら、嘆いた。
* * *
服と髪を拭いて、お茶会を再開した。
かなり臭い。
正直帰りたいが、18時まで帰れない。
「ところで、私に聞きたいことって何かしら?」
「あ、えっと……」
ニーナがもじもじとする。
まあ、聞かなくてもわかっているのだが。
「エルザさまは、ダリル語にお詳しいのでしょうか?」
「それなりかしら。執事がダリル出身なの」
ダリルとは、この国――エーデル王国の隣国だ。
小さな多民族国家で、エーデル王国とも良好な関係を築いている。
ちなみに、マップは作ってないので行けない。
「わ、私にダリル語を教えていただけないでしょうか!?」
「本で勉強すればいいじゃない」
「本は全部覚えました!」
鼻息荒く、ニーナが迫ってくる。
「もっと生の言語を学びたいんです! 本じゃ足りません!」
これが、ニーナの本性だ。
とんでもない知識欲の塊。
特に言語には目がない、言語モンスターだ。
ちなみに、王子に近づいているのも王家の書庫狙いだ。
古代エーデル語という、王家と縁が深い言語に恋焦がれている。
「お願いします!」
捨てられた子犬のような目で見つめてくる。
どうにか断らなければ、仲良くなってしまう。
頭を悩ませていた時、背後の茂みがガサガサと鳴った。




