第2話 目指すルート(後編)
あの警備員は、不審者に対して反応するようになっている。
サングラスやフードなどの怪しげな服装や武器に反応して、警備員らしい行動をする。
正直いらない仕様だが、開発初期の無駄なこだわりだ。
こんなところで役に立とうとは。
トリガーとなる条件を、がんばって再現してみよう。
「試したいことがあるの、付き合ってくれる?」
カイルが嫌そうな顔をした。
「足は貸しませんよ」
「いらねーわ」
* * *
十分後。
カイルに頼んで、演劇部の部室からあるものを取ってきてもらった。
「なんですか、これ」
カイルが手にする黒く重厚なそれは、モデルガンだった。
中世ヨーロッパの世界観にこんなものを置くとは、よほど作者が雑なのだろう。
「やっぱ似合うわあ」
カイルは黒いコートを羽織り、サングラスをかける。
絵面が相当悪い。
「それで、どうすればいいのですか?」
「まずは、巡回ルートに立ってあえて見つかるようにするわ。こっちへ」
歩きながら、カイルに作戦を伝えた。
「じゃあ、あとは任せたわ」
警備員の視界に入りそうな位置にカイルを立たせ、私は物陰に隠れた。
ちょうどそのタイミングで、爆走警備員が帰ってきた。
警備員の視線が、カイルをとらえる。
「おい、お前!」
笑顔だった警備員の表情が、無事に険しくなって、足が止まった。
私は小さくガッツポーズをした。
警備員は、カイルの方へズカズカと歩み寄る。
移動速度も通常に戻ったようだ。
「ここでなにして――」
言いかけた警備員に、カイルは銃を向けた。
「動くな。草餅のことを黙っていてほしければ、すべて忘れて仕事に戻れ」
「お、おまえ! なぜそれを……!」
警備員は、しばしオロオロとしていたが、やがてカイルから離れて巡回ルートに戻った。
「よっし! ナイス! 直ったわ!」
カイルに歩み寄る。
「草餅って何のことですか?」
「あいつの好物よ。渡すと遅刻を見逃してもらえるの」
カイルは首を傾げた。
銃を手で弄びながら、じっとこちらを見つめてくる。
ちょっと怖いので、銃は置いてほしい。
「あなたはなぜ、この学園のことに詳しいのですか? 昨日のあなたの奇病も、今の警備員の奇病も、どうして治せるのですか?」
「奇病」
予想外の言葉だった。
しかし、バグという概念を知らなければ、奇病や悪魔憑きなどと思われてもおかしくないだろう。
「……説明が難しいけど、私はああいう病気のパターンをいくつか知っているの」
カイルは、まだ怪訝そうな顔をしていた。
害意はなさそうだが、よく知らない相手にあまり手の内を明かしたくない。
その時、ちょうどチャイムが鳴ったので、これ幸いと話を打ち切ろうとした。
「とにかく、昨日も今日も本当に助かったわ!」
「待ってください。この近くで、森と湖のある場所を知りませんか?」
「森と湖?」
森はあるが、湖なんてあっただろうか。
少なくとも、しっかり作り込んだ記憶はない。
なぜ、この男はそんなことを聞いてくるのだろう。
「さあ、知らないわ」
「そうですか……」
「その場所を探してるの?」
「……いえ、忘れてください」
そう言うと、カイルは校舎に入っていってしまった。
少し気になるが、校舎に入るのは抵抗がある。
追うのはあきらめて、私は裏庭に向かった。
* * *
裏庭は無人だった。
四六時中人がいる中庭と違い、ここはいつも静かだ。
変なコリジョンに引っかからないよう、物がない裏庭のど真ん中に腰を下ろした。
胡座を組んで、鞄からペンとノートを取り出す。
「まずは状況整理ね」
『元の私:過労死か睡眠中?
今の私:エルザ』
「何も情報ないわね」
空に向かって文句を垂れた。
自分の作ったゲームではあるが、こうも予期せぬバグが多いと、生き抜くだけで精一杯だ。
『どうしたい?』
ペンを回しながら考える。
一番は、元の世界に戻って、開発途中のゲームを完成させたい。
このゲームはもちろん、会社で作っていたゲームもだ。
ぶっちゃけ未練たらたらだ。
ゲームの発売を祝いたい。
売り場も視察したい。
「……帰りたい」
ノートにも書き込んで、丸で囲んだ。
『どうやって?』
難題だ。
しかし、攻略を知っていることはアドバンテージだ。
「まずは目指すルートを決めよう」
エルザの結末は五つある。
『
ルート1:隣国の 王子に惚れられ 大逆転
ルート2:レオの愛 奪い返して ゴールイン
ルート3:商才が 開花、一躍 大富豪
ルート4:恋敵 適度にいじめ 謹慎に
ルート5:恋敵 いじめ極めて 牢屋行き
』
「やだ、川柳になっちゃった」
妙なところでクリエイター魂を発揮してしまった。
字余りはご愛敬だ。
ひとまず、ルート3はなしだ。
まだ半分ぐらいしか実装できてないので、クリアできない。
「ルート5も論外ね」
傍線で消しておく。
ルート1は、クリア可能だがハイリスクだ。
この国以外のマップは作っていないので、おそらく謎空間に転送されて終わる。
ルート2はバグの観点で言えば一番安全だが、諸所の理由で候補外とする。
とある理由で、レオと絡むのは出来る限り避けたい。
「となると、ルート4か……」
ニーナにちょっとした嫌がらせをして、レオとは婚約破棄となり、父に謹慎を言い渡されて自宅で泣きながらエンディングを迎える。
クリアすれば元の世界に戻れるとは限らないが、少なくとも即死を免れる。
「まずはクリアまで生き延びよう」
ルート4に二重丸をつける。
不安要素は多い。
キャラクターはAIの判断である程度自由に動くし、カイルという未知の存在も気になる。
すべてが想定通りには進まないだろう。
それでも、ニーナやレオに接触して物語を進めるしかない。
さっそく下準備に取り掛かろう。
「帰ろう、レイド4層が待ってる」
攻略途中のボスに想いを馳せながら立ち上がる。
決意を新たに一歩踏み出して、何かに引っかかって転んだ。
足元に小さな石が転がっていた。
「こんな石ころにまでコリジョンつけんなぁあ!」
大の字に寝転がって、腹の底から叫んだ。




