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デバッグ・アウト! 〜自作乙女ゲーの悪役令嬢に転生したけど、クソバグだらけでセルフ尻ぬぐいしてる件〜  作者: 上園 千紗


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第2話 目指すルート(前編)

 結局、8時に学園へ転送されるまで床で寝る羽目になった。

 寝返りも打てなかったので、身体はバキバキだ。


 筋肉痛の足を引きずりながら校門をくぐり、校舎へ向かう。

 昨日みたいに何かに引っかからないよう、モブの後ろに張り付いて歩く。


「ごきげんよう、エルザさま」


 不意に後ろから声がかかった。

 振り向くと、昨日中庭でレオと一緒にいた少女の姿があった。


 ニーナ・ファルケ。


 レオを巡ってエルザと対立する、恋のライバル的存在だ。

 ニーナは平民ながら類稀なる頭脳を持ち、特待生枠でこの学園に入学した。

 レオは、ニーナのその特別感に心惹かれていくのだ。


 そして面倒なことに、ニーナはエルザによく絡む。

 もちろん制作者の私は、その思惑も知っている。


「ごめんなさい、少し距離を空けてもらえるかしら?」


 やけに距離の近いニーナを手で制した。

 バグるから、という言葉は飲み込んだ。


「申し訳ありません」


 ニーナは眉尻を下げて、少し距離を取った。


「私、エルザさまともっとお話ししてみたくて」


 ニーナが大きな瞳をウルウルさせながら言う。

 癖のない艶やかな黒髪が、風でサラサラとなびく。

 かわいい。

 こりゃあモテる。


「ごめんなさい、私、誰とも話したくないの。失礼するわ」


 バグるから。


 心を鬼にしてそう告げると、ニーナはしゅんとした様子で離れていった。


 校舎内は物が多く、バグリスクが高いので、まずは裏庭に向かうことにした。

 一回マップチェンジを挟むが、そこは賭けるしかない。


 正面玄関に向かう人波を避けて裏庭へ歩き始めた時、視界の端に妙なものが映った。


「ん……?」


 裏庭の方から誰かが走ってきている。

 しかし、挙動が明らかにおかしい。


「何よあれ……」


 急速に血の気が引いていくのを感じた。


 視界の先にいたのは、フェイシャル(表情)がsmile(笑顔)に固定された状態で爆走する警備員だった。


 簡単に言うと、能面のような笑顔のまま3倍速で走っている。

 ものすごく怖い。


 警備員に衝突されたモブは、無抵抗に吹き飛ばされている。

 そして最悪なことに、彼は私の方へ一目散に走ってくる。


「無理無理無理無理!」


 筋肉痛も忘れて走り出した。

 警備員は、真っ直ぐに私を追いかけてくる。


「いやぁあ! 来ないでぇえ!」


 小学校の五十メートル走以来の全力疾走だ。

 別のマップに駆け込めばいいが、安全な保証がない。


 どうしよう、どうしよう。

 あの速度でぶつかられたらひとたまりもない。


 必死に頭を回して走っていたが、不意に身体が浮いた。

 あっと思った時には、なす術もなく地面に転んだ。


 終わった。

 なにとぞ次は、イケオジと戯れられるゲームへ。


 そう思って目を閉じたが、しばらくしても何も起きない。


「あれ?」


 顔を上げると、警備員は遥か彼方へと走り去っていた。


「そっか、巡回ルートに沿って動いてるのか」


 焦って忘れていた。

 彼らはずっと決められたルートを移動している。

 バグった今もそれは変わらないようだ。


 何はともあれ、死なずに済んだ。


「大丈夫ですか?」


 不意に頭上から声がかかる。

 顔を上げると、昨日の男――カイルが右手を差し出していた。 


「警備員に追いかけられていましたが、何をやったんですか?」

「見てないで助けなさいよ」


 カイルの手を借りて、上体を起こす。

 立ち上がろうとしたが、疲労で足が震えていて諦めた。


「すみません、ちょっと気になることがあったもので」


 カイルは、左手に持っている黒い本をチラリと見た。

 黒い高級感のある革に、金色で小さく植物の装飾が彫られている。

 既視感のあるデザインだった。


「ねえ、それ何の本?」

「個人的な……まあ、メモ書きみたいなものです」


 答えたくなさそうな雰囲気だった。

 ゲームではよくあるデザインの本なので、気にすることでもないだろう。


「それより、あの警備員はどうしたのですか? ずっと走り回っているようですが」

「ちょっとした病気みたいなものよ。昨日の私みたいに、身体がコントロールできないの。どうしようかなあ……」


 ゲーム内からバグを直すのは、思った以上に難しい。

 物理的にどうにかするか、システムの穴を見つけるしかない。


 ひとまず、あの警備員を別マップに移動させてみよう。

 昨日の私のように、直せるかもしれない。


「あなた、手伝ってくれない? あの警備員を助けてみるわ」

「はあ……」


 足の震えが止まってきた。


 立ち上がり、辺りを見回す。

 近くに、体育館の扉があった。


 うまく誘導して、あの扉に警備員を接触させよう。


「あっちのベンチを、この辺りまで運べる?」

「いいですけど、手伝ってくださいよ」

「……私、昨日の中庭の件で手首を痛めてしまっていて」

「手首が痛む要素なかったですよね?」


 触れたくない一心で、適当なことを言った。

 カイルはムッとしつつも、ベンチの方に歩き出した。

 作った覚えはないが、だいぶいいやつだ。


「ここでいいですか?」

「もうちょっと、体育館の扉の方へ……そう、そこでいいわ」


 警備員の巡回路のど真ん中に、ベンチを置いてもらった。

 あとは警備員が戻ってくるのを待つだけだ。


 ベンチにぶつかって進行方向が変われば、そのまま扉に向かって走ってくれるだろう。

 そうすると警備員が別エリアに移動し、バグが直るという算段だ。


「ふっ、こんなの制作者にかかればちょろいもんよ」


 悦に浸っていたその時、一周した警備員が帰ってきた。

 相変わらず不気味だ。


 すごい勢いで私の前を通り抜け、そして――。


 ドーンとベンチを吹っ飛ばして、走り抜けていった。


「直ったんですか?」

「見ればわかるでしょ、失敗よ失敗」


 大きくため息をついて、腕を組んだ。


「どうしようかしら」


 ひとまず、カイルにベンチを戻してもらった。

 巡回ルートから少し離れて、作戦を練り直す。


「足を引っ掛けて、転ばせるのはどうですか?」

「さっきベンチが飛ぶのを見たでしょう。引っかける側の足がなくなるわよ」


 物理的に干渉できないとなれば、警備員の行動パターンの隙を探すか、あるいは別のイベントをぶつけるか。


「普通に声をかけて、話せないのですか?」

「あの状態じゃ多分無理ね……」

「では、剣術部から屈強な生徒を借りて戦うとか……」

「戦う……そうね、いいかもしれない」


 カイルの言葉をヒントに、私はふと思い出した。

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