第15話 バディ(前編)
「はい、これお茶ね」
私とカイルは、居間のテーブルに座っていた。
校長とスキャナーがお洒落なティーカップを運んできた。
紅茶のいい香りが漂う。
「それで、何で校長先生がここに?」
「私が知りたいよ。図書館に行ったことまでは覚えているんだけど……そのあと、気づいたらここにいたんだよ」
「災難でしたね……」
「まさかゾンビに助けられるとは思わなかったけどね! ハハ!」
軽い。
この人が生き延びた理由がわかる気がする。
「家主が不在だと聞いて、この家を使わせてもらっていたんだが、君には悪いことをしたねえ」
「いえ、構いません」
校長がカイルを見て言った。
長期間留守にしていた割に、埃一つなかった理由に合点がいった。
「ごめんぅ、がいう」
「いいんだ、スキャナー。気にするな」
スキャナーは申し訳なさそうな顔をした。
カイルはスキャナーの頭をポンポンと撫でた。
「とりあえず、学園に帰りたいってことでいいですか?」
「帰れるのかい? ここでの暮らしも楽しいが、やっぱり家に帰りたいよ。環境が変わったせいか物忘れがひどくなってなあ……」
校長がスキャナーを見て、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「わかりました。なんとかしてみますわ」
とはいえ、どうやって入り口まで戻ればいいんだろう。
私は腕を組んで、天井を見上げた。
「スキャナーは、どうやって村に戻ったんだ?」
「おじだぁ」
「落ちたらしい」
カイルがいい質問をしたが、答えは何の参考にもならなかった。
「登るのは無理ね……ファンタジーらしく、なんかデカい鳥とかに乗っていけないかしら……」
「鳥じゃねえが、デカいものならいるぞ」
カイルはネタ帳を開いて、私に見せた。
首長竜のようなフォルムの生き物の絵が描かれていた。
「ぬっじぃー! みじゅうみ、ぬじぃ!」
スキャナーが絵を指さして言った。
「ヌッシーっていう、湖の主らしい」
「ネーミングの適当さに私を感じるわ」
校長もネタ帳を覗き込んだ。
目を細めて、その絵をじっと見つめる。
「おお、これはゾンビたちが話していたぞ。何やら伝説の超巨大生物で、この世界のどこかにある黄金の釣竿で釣れるらしい。釣り人のロマンだなあ」
「黄金の釣竿!?」
私は思わず立ち上がった。
部屋の隅に置いた荷物に駆け寄り、カイルに雑に投げられていた釣竿を掲げた。
「ついに役に立つ時が来たわ!」
私はこれでもかと、カイルにドヤ顔した。
* * *
準備を整えて、私とカイルは早速湖に向かった。
村からそれほど遠くなく、十分ほどで湖岸に着いた。
ヤシのような大きな木と、その脇にはベンチもあった。
ベンチにリュックを置いて、釣り餌を取り出す。
校長が釣ったばかりの魚を分けてくれた。
校長自身も来たがっていたが、スキャナーに洗濯物を渡されて諦めていた。
「さて、主釣りの時間よ!」
これでも私は、某MMOでは最強の釣り人だ。
最新パッチまで主をコンプしている。
カイルにエサをつけてもらって、早速投げた。
「おい、もっと遠くに投げろ」
「うるさいわね! リアルは初めてなのよ!」
「貸せ、日が暮れる」
あっさりカイルに釣竿を奪われた。
カイルは慣れた様子で釣竿を振った。
私はやることがなくなって、ベンチに座ろうとしたが、やめた。
よく見ると背もたれの一部が不自然に消えていた。
バグだろう。
ベンチはあきらめて、カイルの隣に腰を下ろす。
「校長は物忘れがひどくなったって言っていたが、俺は戻ってから逆に調子が良くなった」
「そうなの?」
「ああ。向こうにいるときは、時々頭痛があったんだ」
「頭痛……?」
物忘れ、頭痛、学園、テストマップ。
これらを繋ぐ何かが、見えかけている気がした。
「カイル、その頭痛は昼休みとか、下校時間によく起きなかった?」
「言われてみればそうだな……」
おそらく、オートセーブのタイミングで発生している。
しかし、セーブは直接的な原因ではない。
原因は――。
「メンテナンスだわ」
このゲームは、3時間ごとのオートセーブとともにメンテナンス処理が走る。
大きなバグがあれば検知して、元の状態に戻す。
「じゃあ、なんで奇病だらけなんだ?」
「そんな万能のものじゃないの。奇病を検知する性能がザルなのよ」
個人制作のゲームなので、ごく簡易的なチェックしかしていない。
実際、直されているのを見たことがないし、私も早々に見切りをつけていた。
しかし、一つだけ不思議に思っていたことがあった。
植物園でレオの記憶が戻ったことだ。
あの時、ちょうど15時の鐘が鳴っていた。
レオはビンタではなく、メンテナンスを受けて治ったのではないだろうか。
「頭痛とは何の関係が?」
「このマップ出身のカイルにとって、学園側の治療は逆に毒なのよ。校長も、本来いるべき学園マップから外れたせいで不調が出てる」
カイルは納得したようにうなずいた。
カイルやスキャナーの記憶が飛んでいたのも、メンテの影響かもしれない。
あの裂け目を放っておいても、いいことはない。
「カイル。校長を学園に送り届けたら、あの裂け目を塞ぎましょう」
「賛成だが、どうやる?」
ここまでの話で、一つ解決案が思い浮かんでいた。
まずは検証してみたい。
「こっちは任せて。カイルは釣りに集中してて」
「頼んだ」
立ち上がって、ベンチのそばに駆け寄った。
背もたれに使われた板の真ん中が、切り取られたように途切れている。
「何かないかな……バグってるもの……」
つぶやきながらリュックを漁ると、プルプルと震えるタオルが出てきた。
ウサギを包んでいたタオルだ。
中身は重いのでカイルの家に置いてきた。
「これが適任ね」
懐中時計を確認すると、15時前を指していた。
急がないと、次のメンテが始まってしまう。
消えた背もたれの間をつなぐように、途切れた板の端と端にタオルをピンと張ってひっかけた。
少々雑だが、検証には十分だろう。
「裂け目を塞いだら、ここはどうなるんだ」
「正直、わからないわ」
カイルは水面の浮きを見ながら静かに言った。
私はカイルのそばに戻って、地面に座った。
元々ここは、ゲームの世界と繋がっていてはいけない世界だ。
学園との繋がりが切れたとき、百パーセントの安全は保証できない。
スキャナー、ゾンビたち、そして何より――カイル。
ここで元気に生きていてほしいと、願ってしまう。
「そうか……それでも、俺は塞ぐべきだと思う」
カイルはそう言って、釣り糸を巻き上げた。
「あるべきものを、あるべきところに収めよう」
迷いのない、真っすぐな言葉だった。
心につっかえていた何かが、その言葉でスッと溶けた。
この世界の創造神としてすべきことを、突きつけられたような気分だった。
「……そうね。私も、腹が決まったわ」
不安はあるが、彼らが自分の望む場所で生きていけるよう、最善を尽くそう。
頬をペチペチと叩いて、気合を注入した。
「それはよかった」
カイルは言いながら、釣竿を置いた。
そして私のランチボックスを手に取った。
「やっとご飯!?」
「違う」
カイルは釣竿からエサの魚を外すと、ランチボックスの取っ手に巻き付けていく。
「ちょっと、何をしてるの?」
「エサを変える。こんなちいせえ魚じゃダメだ」
「ま、待って! だからってなんで私のランチボックスを!」
「一番でけえからだ。それに俺が運んだ」
カイルは私の手を払いのけて、ランチボックスを持ち上げる。
そのまま大きく振りかぶって、湖にぶん投げた。
「あぁああ! 私のお昼ご飯がぁああ!」
ぼちゃんと大きな音を立てて、ランチボックスが湖に落ちた。
「ううっ……ひどい……私のローストビーフサンド……」
「死ぬほど菓子持ってきてるだろ」
カイルはふたたび、釣りに集中し始めた。
しょぼくれながらお菓子を齧っていると、不意に水面の浮きが揺れた。
カイルが、グッとリールを握る。
そして次の瞬間、折れそうな勢いで竿が水面に向かって絞り込まれた。
「きた!」
カイルが叫んで立ち上がった。




