第14話 テストマップ(前編)
その後、私たちは黄金の釣竿を抱えて地下室を出た。
帰り道、カイルのため息が前日比三十パーセントほど多かった。
裏庭に戻り、ベンチに腰を下ろした。
「それで、これからどうするんだ」
「行きましょう、あの裂け目の先のあなたの故郷へ」
「釣竿持ってか?」
「役に立つかもしれないじゃない!」
カイルが最大級のため息をついた。
とはいえ、魔法も争いもない世界だ。
探したところで、これ以上武器は見つからないだろう。
不安はあるが、腹を括って特攻するしかない。
「とにかく今日は、しっかり準備をしましょう。明日の朝、閉架書庫に集合ね。スキャナーも連れてきて」
「わかった」
カイルと別れて、私は荷造りに向かった。
* * *
翌朝。
自室で荷物のチェックをしていると、珍しくハンスが部屋に来た。
「なんだ、この大荷物は」
「乙女は大荷物ってことわざがあるでしょう? それより、どうしたのですか?」
「いや……様子を見に来ただけだ」
日曜日の号泣地団駄事件から、ものすごく心配されている。
「もう平気ですわ、お父さま」
「そうか、それならいい。気を付けていってくるんだぞ」
「はい」
ハンスは私の頭をポンポンと撫でると、部屋を出ていった。
ドアが閉まり切るまで、私はその姿をじっと見ていた。
* * *
閉架書庫につくと、カイル、ニーナ、レオ、そしてスキャナーがすでに集まっていた。
「本当なのか、この先にカイルの故郷があるって」
レオが言った。
「そうみたいだ。俺とエルザで、この先に行ってくる」
「でも、危険じゃないんですか?」
ニーナが心配そうな顔をしていた。
「大丈夫よ。二人いれば、なんとかなるわ」
私はニーナとレオの前に歩み出て、その手を取った。
二人は不思議そうに顔を見合わせた。
「ずっと、二人の幸せを祈ってるわ」
二人の手を重ね合わせて、包み込むようにギュッと握った。
ニーナが不安げな表情を浮かべた。
「急にどうしたんですか、エルザさん」
「なんでもないわ。言いたくなっただけ」
パッと手を放して、軽く笑って見せた。
「言われなくても、ニーナは俺が幸せにする」
レオはエラそうに腕を組むと、ふてぶてしい態度で言った。
「レオさまと、ここで待ってますね」
ニーナは私とカイルを交互に見ながら、どこか寂しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
私は少しの間、ニーナの顔を見ていた。
「えうざ、いぐがぁ?」
スキャナーに裾を引かれて、私はリュックを背負いなおした。
「ええ、行きましょう。カイル、荷物持ちお願いね」
床に置いていたリュックをカイルに渡す。
カイルはリュックを持ち上げて、思い切り顔をしかめた。
「重いぞ、何入れたんだ」
「色々よ! 釣竿も持ってね。あとランチボックスも」
カイルに荷物を積み込んで、私はニーナとレオを振り返った。
「じゃあ、いってきます」
「……いってきます」
「いってらっしゃい!」
「気をつけろよ」
二人に見送られながら、私たちは裂け目の奥の光に触れた。
* * *
転送された先は、不気味な世界だった。
赤黒い空に、遠景には広い森と暗い湖のようなものがある。
背後にある光る裂け目――閉架書庫に繋がる出入り口以外は、目立った明かりがない。
「ちょっと不気味ね」
「でも、懐かしい」
カイルは、慎重に辺りを見ている。
私もその後に続いたが、何かに躓いて転んだ。
「あっ」
「うわっ」
前方にいたカイルに衝突し、二人で倒れた。
そして――落ちた。
「「ぎゃあああああああ!」」
「がいるぅ! えうざぁ!」
スキャナーの叫び声が、風を切る音にかき消される。
内臓が浮くような無重力感に、頭が真っ白になる。
死ぬ、これは間違いなく死ぬ。
そう思った瞬間、何かにぶつかった。
「いだだだだ」
どうやら大きな木のようだ。
枝葉に皮膚を擦られて、体中が痛い。
しかし、おかげで落下の勢いが弱まった。
「ぐえっ」
リュックが何かに引っかかって、落下が完全に止まった。
助かった。
安堵したとたんに、バキッと大きな音がして枝が折れた。
容赦なく地面に落とされて、尻もちをついた。
「いったぁあい!」
じんじんと広がる痛みに、涙がにじむ。
悶えていると、不意に後ろから声がした。
「おい、生きてるか」
振り向くと、木に吊り下がったカイルがいた。
「おろしてくれ」
「もうちょっと痛がってからでいい?」
尻をさすりながら、そう答えた。
* * *
カイルを助けて、簡単に傷の手当てをした。
幸い、私もカイルも大きな怪我はなかったが、あちこちに小さな擦り傷ができていた。
「結構落ちたわね」
カイルの顔に絆創膏を貼り終えて、落ちてきた場所を見上げた。
閉架書庫と通じる入口は、どうやらベランダのようにせり出した形状になっている。
「スキャナー! 聞こえるー?」
大声で叫んでみたが、返事はなかった。
はぐれてしまったが、仕方ない。
スキャナーは元々ここの住人だし、自分でなんとかするだろう。
「それにしても、広そうな森ね。どこを目指せばいいのかしら」
テストマップに来たはいいが、そもそも目的が曖昧なままだった。
「とりあえず、ランチにしましょうか」
「まだ来て五分も経ってねえぞ」
カイルに言われて、ぶすくれた。
「壁沿いを歩こう。どこかから上がれるかもしれない」
「そうね」
カイルと並んで歩き始めた。
「久々の故郷はどう?」
「なんとなく思い出してきた。俺は村みたいなところに住んでたんだ」
村なんて作った記憶はないが、ウルガ村の前例がある。
AIの影響で、このマップにも何かしら変化が起きているのだろう。
「じゃあ、まずはその村を目指すのがいいかしら」
「賛成だ」
カイルが答えるのと同時に、背後の茂みがガサガサと鳴った。
二人で勢いよく振り返る。
暗闇の中で光る、赤い二つの玉があった。
「な、何かいる」
「赤い目……確か予言書にあった。獰猛な動物だ」
相変わらず情報が少ない。
しかし、やることは決まった。
「逃げる!」
リュックを背負い直して、全力で走り出した。
その瞬間、茂みから巨大な虎が飛び出してきた。
「虎は殺意高すぎない!?」
「お前が作ったんだろ!」
恐ろしい咆哮をあげながら、虎が迫ってくる。
「虎の弱点ってなに!?」
「あいつは猫と同じだ! なんかおもちゃとかないのか!」
「カイルのリュックの中!」
「でかした!」
カイルはランチボックスと釣り竿を投げ捨てると、リュックの口を全開にしてひっくり返した。
飲み物や大量のお菓子に混じって、猫のおもちゃが出てくる。
カイルはネズミ型のおもちゃを手に取ると、虎に向けて投げた。
「ガゥッ」
虎は一瞬動きを止めたが、すぐにまたこちらに向かってくる。
「これでどうだ!」
カイルは長い猫じゃらしを掲げた。
虎は急ブレーキして、猫じゃらしに鼻を寄せた。
私はその隙に、地面に落ちた水筒を手に取った。
「グルル……」
しばらくして、虎は猫じゃらしにじゃれつき始めた。
ゴロゴロと寝そべって、ずいぶん楽しそうな様子だ。
「よし」
カイルはそろそろと地面に猫じゃらしを置いて、後ずさる。
しかしその途端に、虎は起き上がってこちらを睨んだ。
「クソッ、ダメか!」
「奥の手いくわ! ごめん、猫ちゃん!」
私は持っていた水筒の蓋を素早く開けて、中身を虎にかけた。
「ニギャァアア!」
虎は叫び声をあげて逃げて行った。
「何だそれ」
「苦丁茶よ。ちょっと臭いだけで、害はないわ」
今度はバグらずかけられて良かった。
急いで荷物を回収していると、カイルがふと空を指さした。
「おい、あれ見てみろ」
目を凝らすと、煙が上がっていた。




