第13話 カイル(中編)
裏庭では、いつものように数匹の猫が芝生でくつろいでいた。
私たちはテーブルを挟んで向かい合うように座った。
カイルは手を組んで、親指の先を小さく擦り合わせていた。
黙って待っていると、やがてカイルは大きく息をついた。
「どこから話せばいいかわからないが……俺が体験したまま話す」
カイルは言葉に詰まりながらも、話を続けた。
「俺は……ある日目が覚めたら、この学園の図書室にいたんだ。覚えているのは自分の名前だけで、他には何もわからなかった。ただ……授業が始まれば教室に連れていかれ、友達らしきやつらもいた。でも俺は、誰一人として知らなかった」
四股を除けば、私よりハードな人生を送っている。
制作者の私ですら、この世界に投げ込まれたときは不安だった。
「かすかに覚えているのは、故郷のことだった。俺は森や湖……たくさんの自然と人に囲まれて生きていた」
「故郷……」
「そして、そこに帰りたいと思った。ここでの暮らしも悪くないが、自分の居場所じゃないと感じていた」
私も同じだ。
元の世界に帰って、このゲームも、会社で作っていたゲームも完成させたい。
「これは、この世界に来た時に俺が唯一持っていたものだ」
カイルはそう言って、予言書を差し出してきた。
私は恐る恐る、それを受け取った。
ゆっくりと、予言書のページをめくった。
一ページ目に、見たくなかった言葉が書かれていた。
『ネタ帳』
冷や汗が噴き出すのを感じた。
クリエイターのネタ帳。
それは門外不出の、自分だけの領域だ。
人に見せることを想定せず書く、何にも縛られない自由の世界だ。
「それには奇病のことや、予言めいたこと、そして懐かしさを感じることも書いてあった。たまに気が狂ったような意味不明なことも書いてあったが、俺はそれに――」
「あぁああやめてぇええ! こんなもの灰にしなさい! 今すぐ!」
「やめろバカ! 何すんだ!」
本を真っ二つに割ろうとしたが、その前にカイルに奪い返された。
「お願いぃいい……忘レテ……オネガイ……」
「大事なものなんだ。何度も何度も、繰り返し読んだ」
「ワズレデ……ウゥ……オネ……ガィ……」
地面を這いながら、カイルの脚に縋りつく。
「忘れない。俺の宝物だ」
「ウゥッ……モウ……コロジデ……」
その言葉を最期に、私は息絶えた。
* * *
うるさく響く12時のチャイムで、私は意識を取り戻した。
身体がベンチに横たえられていた。
起き上がると、額に乗っていた冷えたタオルが落ちた。
「カイル?」
「ああ……起きたか」
カイルが向かいのベンチに座っていた。
手で額を押さえて、眉間にしわを寄せている。
「どうしたの? 具合悪い?」
「大丈夫だ、ちょっとした頭痛だ」
カイルは言いながら、膝の上に置かれたネタ帳を手に取った。
一周回って、諦めの感情がわいてきた。
もう全部読まれたのだから、怖いものなどない。
「これがそんなに嫌なのか?」
「まあ……嫌というか、なんというか」
「この場所を生きるためのヒントがたくさんあった。俺は、これに救われたんだ」
思った以上に大事にしている。
サインとか入れてあげた方がいいだろうか。
「それで、その予言書に光の裂け目のことは書いてあるの?」
「いや。ただ、あれが故郷とつながっていると確証が持てた」
「どういうこと?」
「おそらくスキャナーは俺と同郷だ。裂け目が故郷に繋がっているなら、スキャナーがあそこにいたことにも説明がつく」
「なるほどね」
カイルの言う故郷。
ずっと目を逸らし続けてきたが、もう逃げられない。
あの裂け目は、カイルの故郷――私が没ネタを投げ込みまくったテストマップと繋がっている。
おそらくネタ帳も、テストマップに放り込んだ開発初期のメモ書きだろう。
どうして繋がったのかはわからないが、どう考えてもこいつが最後の大型バグだ。
「俺は、あの先に行きたい。故郷に帰りたい」
カイルは、真っすぐに私を見て言った。
「力を貸してくれ、エルザ。本当はもっとこの世界のことを知ってるんだろう」
私はゆっくりと息をついた。
「そうね。私にも、帰りたい場所があるの。そのために、私もあの先に行かなきゃいけない」
このバグを直した先で、きっと何かが起こる。
「私の身の上話もしたいところだけど、まずは行動よ。二人とも帰れるよう、準備をしましょ」
カイルは、いつになく真剣な面持ちでうなずいた。
「それで、具体的に何を準備するんだ?」
「できれば、何か武器になるようなものを調達したいわ。あなたの故郷と言えど、何が出るかわからないし」
「それは俺も賛成だ。予言書には凶暴な魔物のことも書かれてた」
カイルが、ネタ帳をパラパラとめくりながら言った。
「これはどうだ」
カイルがあるページを開いて、こちらに見せた。
『学園、地下、伝説の武器』
絶対、何も考えずに殴り書いたやつだ。
とは言え、他に手がかりもないので、ひとまず伝説の武器とやらを拝みにいく。
「よし、これを取りに行きましょう」
私は袖をまくり上げながら言った。
* * *
私とカイルは、南階段から続く地下室にやってきた。
地下室の鍵は、職員室から勝手に拝借した。
「そのリュックは何が入ってるんだ」
「色々と使えそうなものを詰めてきたの」
カイルは私の背中の巨大なリュックを見て言った。
地下室は、初めて学園マップを組んだ時に作ったものだ。
その後使い道もなく放置されていたので、レベルデザインがめちゃくちゃである。
「分かれ道が多すぎる」
「それな」
十秒に一回ぐらい分かれ道が出てくる。
しかも、ほとんど行き止まりだ。
どうせなら宝箱とか置いて欲しい。
文句を垂れながら、湿っぽい道を進む。
すると私の想いが通じたのか、次の行き止まりに金色に輝く宝箱があった。
「これに伝説の武器が入っているのか?」
「多分違うわ。伝説の武器なら、祭壇とか、なんか仰々しい感じのデザインにしてるはずよ」
「じゃあこれは?」
「わからないわ。まあとにかく、開けてみましょう」
「あ、待て!」
カイルが言うと同時に、私は宝箱を開けた。
そして――。
「グギァアアアア!」
たからばこはミミックだった!




