第13話 カイル(前編)
断罪イベントから一夜明けた日曜日。
私はいつも通り、エルザの部屋で目覚めた。
「うーん、何時に帰れるのかしら」
ひとまず、いつも通りにご飯を食べて着替えてゴロゴロした。
そうしていつの間にか、17時になっていた。
「帰れない」
自分で書いた脚本通りに、部屋で泣きながら地団駄踏んでみたが、ダメだった。
メイドを泣かせて、ハンスに病院に連行されそうになっただけだった。
結局元の世界に戻る手がかりはないまま、夜になってしまった。
「寝て起きたら戻っていますように」
そう願い、眠りについた。
* * *
翌朝、私はいつも通り8時に学園にいた。
まずは裏庭に行き、ベンチに腰かけた。
「何が足りないのかしら……」
元の私は死んで、本当に生まれ変わってしまったのだろうか。
こんなことなら、もっとバグを潰しておけばよかった。
「バグ……?」
もしかして、エンディングを迎えられないのも何かのバグだろうか?
大きなバグはおよそ潰してきたが、まだ何か残っているのだろうか。
そう思っていると、裏庭にカイルが駆け込んできた。
「エルザ! 大変なことになってる!」
「え?」
「いいから来てくれ!」
カイルに腕を引かれ、私は走った。
辿り着いたのは、図書館だった。
すごい人だかりができている。
人をかき分けて入り口の前に来ると、ニーナとレオがいた。
「レオさま、何があったのですか?」
「エルザか。化け物がいると騒ぎがあったんだ」
「化け物」
真っ先に、閉架書庫に封印したゾンビを思い出した。
「とりあえず、生徒を退避させて鍵をかけたが、俺も何がいるかは――」
言いかけたレオを遮るように、バンッと扉から大きな音がした。
扉のガラス窓に、緑色の手が張り付いていた。
「ひっ」
思わずカイルの後ろに隠れた。
手に続いて、バーコード柄の頭がガラス窓から覗いた。
生徒たちが悲鳴をあげて後ずさる。
ニーナは、恐怖心と知識欲の狭間でなんとも言えない顔をしている。
「レオさま、とりあえずこのフロアを封鎖してもらえませんか?」
「わ、わかった。皆、教室に戻れ」
ニーナとレオが声をかけて、生徒たちを誘導していく。
「カイル、どうしたの?」
カイルは、黙ってガラス窓を見つめている。
「知ってる……」
「え?」
「こいつのことは、俺に任せてくれないか」
「何をする気?」
カイルは答えず、コンコンとガラス窓を叩いた。
即座に、ゾンビが勢いよく窓に飛びついてくる。
「なあ、俺のことを覚えてないか」
「がぁああ……ぐぎぃい……」
ゾンビは、奇声を発するだけだった。
カイルは一瞬悲しそうな顔をした。
ニーナとレオも戻ってきて、心配そうにカイルの様子を見ていた。
「お前は……そうだ、確かここに……」
カイルはポケットから、黒い本を取り出した。
例の予言書だ。
パラパラとページをめくり、そして何かを見つけたようだった。
「お前の名前はスキャナー……違うか?」
「絶対スキャンされる方じゃない?」
カイルはガラス窓を覗き込んで、何度も「スキャナー」と呼んだ。
「俺もよく思い出せないんだ……でもお前はきっと、スキャナーだろ?」
「あ、あがぁあ……ぎぃぎぎ……」
「どうしたスキャナー! 痛いのか!」
スキャナーが、頭を抱えて苦しみ始めた。
カイルは必死にガラス窓を叩いて呼びかける。
やがて、スキャナーが静かになった。
カイルは心配そうにガラスの向こうを見ている。
スキャナーは顔を上げて、カイルをじっと見た。
「がぁいるぅ」
スキャナーが、確かに「カイル」と言った。
ガラス越しに、血走った瞳でカイルを見つめている。
スキャナーの人差し指が、ガラス窓に触れた。
カイルは、その指に自身の人差し指を重ねる。
「そうだ、俺はカイルだ。やっぱり、お前だったのか」
カイルが、優しい顔でスキャナーに微笑みかけた。
初めて見る顔だった。
「スキャナー。人間には危害を加えないと約束できるか」
「がぁ」
スキャナーはガクガクと首を縦に振った。
カイルも大きく頷くと、レオを見た。
「よし。王子、鍵をくれ」
「いや、しかし……」
「大丈夫だ。俺を信じてくれ」
レオは躊躇いながらも、カイルに鍵を手渡した。
カイルはすぐに開錠し、扉を開けた。
「がいるぅ」
スキャナーは、嬉しそうにカイルにすり寄った。
私も恐る恐るスキャナーに近づく。
襲ってくる気配はない。
色々と聞きたいことはあるが、とりあえず一番気になっていることを聞いてみる。
「スキャナー。その頭、ピッてしてみていい?」
頭に刺さったバーコードスキャナーを指さして、私はそう言った。
* * *
その後、スキャナーを図書館に置くわけにもいかず、一旦特別室に待機させた。
レオはかなり渋ったが、ニーナの上目遣いで瞬殺した。
私とカイルは、閉架書庫の奥へ来ていた。
スキャナーと初めて追いかけっこした時に、カイルが言っていた光る大穴。
それが今、私の目の前にある。
穴というより、手のひら三枚分ぐらいありそうな壁の裂け目だ。
その奥が、青白い光を放っていた。
パソコンの初期スクリーンみたいな色だ。
「これが、前にあなたが言ってたもので間違いない?」
「ああ」
カイルはひどくボンヤリとしていた。
吸い寄せられるように、裂け目の方へフラフラと近寄っていく。
「ちょっと、危ないわよ!」
慌ててカイルの手を掴んだ。
「よく見てくれ」
カイルは裂け目を指さした。
私は慎重に裂け目に近づいて、中を覗いた。
青く揺らめく光の向こう側に、森と大きな湖のようなものが見えた。
「カイル、これって……」
「ああ……俺の探していた場所だ」
「この場所は、カイルとどんな関係があるの? スキャナーのことだって……何を知ってるの?」
カイルは、何も言わずにこちらを見た。
しかし、またすぐに裂け目へ視線を戻した。
「……裏庭で話そう」
カイルはそう言って歩き出した。
私は黙って、その後を追った。




