第12話 断罪イベント(後編)
会場が静まり返った。
一拍置いて、モブたちがザワザワし始めた。
「静まれ」
陛下が告げると、一瞬で会場に静寂が戻った。
「説明しろ、レオポルト」
「はい」
レオはニーナの手を引いて、一歩前へ誘導した。
「まずは彼女を紹介します。彼女は、ニーナ・ファルケ。皆さんご存じの通り、七年ぶりの王族功労賞の受賞者です。彼女は十五の言語に精通し、ウルガの民の言語解読に大きく貢献しました」
ウルガの村長が、ニコニコしながらニーナを見つめていた。
「それだけでなく、彼女は長年実現不可能とされていたウルガとの友好関係を樹立した。言語力、社交力、誰にでも好かれる愛らしさ、仲間を思いやる心、常に謙虚な姿勢。どれも妃にふさわしい、素晴らしい素質だ」
長い。
私が書いていないことまで盛られている。
しかし、周囲にいた数名の貴族が納得したように頷いているので、良しとする。
「モントシュタイン嬢、悪く思わないでほしい」
レオがこちらを見た。
ここからは私も踏ん張りどころだ。
「王子……どうしてですか! 私はこれまで、妃になるために精一杯努力してまいりました!」
「知っている。あなたはどこまでも努力家で、美しく――とにかく、素晴らしい女性だ」
ちょっと台詞を端折られた。
「ではなぜ……!」
「あなたの才能は、妃という立場では十分に発揮できない!」
「才能……?」
「そうだ」
レオが歩み寄ってくる。
そして、私の隣に立つハンスを見た。
「ハンス殿。先日、モントシュタイン商会の事業報告を出しておられましたね。今年の売り上げはいかがですか」
「前年比七十パーセント増加だ」
「その要因は?」
「……娘が開発した新商品だ」
「今や国中でブームとなっている、フッキーン・プルリーンですね。ダリル帝国でも大人気のようですね、セト皇太子」
レオが、近くで見ていたセトに問いかけた。
「ええ、彼女は素晴らしい製品開発者だ。僕がお嫁さんにもらいたいぐらいだよ」
セトはいつも通りの余裕の笑みだ。
レオは再び前方に戻ると、両手を広げて力強く言った。
「彼女の商品は、民の心を動かし、新たな旋風を巻き起こす。そして国をも豊かにする」
ちょっと泣きそうになったが、台本を書いたのは私だ。
自画自賛である。
「王族になれば、今ほど自由な商品開発はできなくなる。彼女はこれからもクリエイターとして研鑽し、もっと広い世界に羽ばたくべきなんだ!」
「私も、エルザさんには自由に生きてほしい! 物を作っているエルザさんが、一番キラキラしていて大好きです!」
台本にない台詞を、ニーナが言った。
とどめを刺された。
涙が頬を伝うのを感じた。
そのまましばらく、沈黙が流れた。
ニーナとレオがソワソワし始めた。
スポットライトが一瞬チカッと光って、我に返った。
やばい、私の台詞だ。
「……わかりました。お二人にそこまで言われたら、モントシュタインの人間として、その期待に応える他ないと感じましたわ」
私はハンスの方を向いた。
「お父さまは、どう思われますか?」
ハンスは観念したような顔をしていた。
大きく息をつくと、私の肩に手を置いた。
「認める。お前には才能がある、エルザ。国王陛下にお許しいただけるなら、お前の好きな道をいけばいい」
「お父さま……」
ハンスの手が、ポンポンと肩を叩いた。
レオは、ニーナをエスコートして陛下の前に歩み出る。
二人は膝をついて、頭を垂れた。
「国王陛下。私は、これがこの国の未来のための最良の決断だと考えています。どうか、お許しいただけませんでしょうか」
「……面をあげよ、レオポルト、ニーナ」
陛下が言う。
二人は緊張した表情で顔をあげた。
「王家の契りを破棄し、貴族でもない娘と結婚することが、どれだけ不埒なことかわかっているか」
ゾクッとするような、すごみのある声だった。
感動に包まれていた会場の空気が一気に凍る。
ここからは台本がない。
ニーナとレオのアドリブにかかっている。
「覚悟しております。決して、陛下のご決断が間違いだったなどと、未来の誰にも言わせないと誓います」
レオは力強く言い切った。
陛下は隣のニーナに視線を向ける。
「ニーナ、お前はどうだ」
ニーナは喉を鳴らした。
こめかみに汗がにじんでいる。
それでも真っすぐに陛下を見て、静かに答えた。
「Orui Edel inger murutuf rep」
陛下とレオが目を見開いた。
周囲にいた王族の縁者たちがざわめいた。
「ああ、古代エーデル語だ……なんと美しい……」
「曾祖母を思い出したよ……」
古代エーデル語。
この国に伝わる古の言語だが、一部の王族を除いてほとんど喋れる人のいない絶滅危惧言語だ。
そして、ニーナがずっと恋焦がれていた言語でもある。
「申し訳ございません。資料が少なく、まだ不勉強で……きちんとお伝えできていましたか?」
ニーナが不安げに顔を曇らせた。
その胸元で、キラキラとルビーが輝いていた。
陛下は静かに立ちあがると、二人の前に歩み出た。
「立ちなさい。お前たちの覚悟はよくわかった」
威厳はあるが、優しい声だった。
二人の手を取ると、その間に立って告げた。
「ここにモントシュタイン家との婚約を取り消し、レオポルト・ディ・エーデルとニーナ・ファルケの婚約を新たに認める」
「陛下……!」
「ただし。お前の決断がこの国の未来のためになったか、今後もずっと見ているぞ」
「はい!」
陛下は近くの給仕からグラスを受け取ると、二人を連れてホールの中央に進み出た。
そしてグラスを掲げ、高らかに言った。
「それでは改めて、レオポルトの生誕と新たな婚約――そしてモントシュタイン嬢の明るき未来を願い、乾杯!」
「乾杯!」
「おめでとう、レオポルトさま! ニーナさま!」
「モントシュタイン嬢、フッキーン・プルリーンをありがとう!」
歓声とともに、会場内の人たちがグラスを掲げた。
こうして、断罪イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
* * *
帰りの馬車の中で、私は重要なことを思い出した。
婚約破棄は達成したが、もう一つ大切なイベントがある。
「ところでお父さま、私余計な騒ぎを起こしてしまったのでしばらく自宅謹慎しますわ」
「陛下も認めてくださったんだ、気にすることはない」
「いいえ、気にしますわ。自宅謹慎しますわ」
「いや……」
「明日一日、自宅謹慎を命じてください」
「それは普通の日曜日ではないのか……」
私は、グッとハンスに顔を近づけて謹慎を迫った。
「お父さま、ご命令を」
「あーわかった。明日一日、自宅謹慎を命じる」
かなり面倒くさそうに命じられたが、ひとまずこれでクリアに必要なフラグが全て揃った。
いよいよ明日は帰れるかもしれない。
それにしても、今日はもうヘトヘトだ。
疲れた身体を背もたれに預けて、私は目を閉じた。




